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閑話「プロローグ」⑧

「一番性質が悪いのは、自分は鈍くないって腹の底から思い込んでるところだろ」  本当に、性質が悪いと思う。自分に向けられる憎悪や欲望という、あいつにとってマイナスな感情には感心するほどすぐに気がつくくせに、純粋な好意となると途端に認識しなくなる。  自分にそんなものが向けられるわけがないと思い切っているような、幼い頑なさで。  そうかもな、と苦笑してから、でもまぁ、と篠原が言う。 「本尾のほうは、また適当なとこでガス抜いといてやれよ。得意だろ?」  返事の代わりに紫煙を吐いて、眼下を見下ろす。ちらほらと帰寮し始める生徒の姿が見え始めているところだった。  適当なところで生徒会室に顔を出してやらないと、また寮で文句を言われそうだ。 「あの変な噂の出どころも風紀っぽいし。……本尾が放置してるんだとしたら、ちょっと妙な感じはするけど」 「妙な感じ、ね」 「抑えてくれてると、素直にありがたいんだけど。だからっつか、抑えつけてる手を離されると、めちゃくちゃ面倒。意図的だと、特に」  ただでさえ、うちの寮にいるのに、とうんざりとした調子を隠しもせず、篠原が続ける。 「風紀の問題児。あいつら、本尾がいなかったらもっと好き勝手してるって、絶対」  本尾とは違う「問題児」たちの言動が、目に余っているらしい。風紀委員会室の入っている校舎に視線を移して、「まぁな」と頷く。  後先を考えないタイプの馬鹿だから、重しがなくなれば、それはもう好き放題するに違いない。

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