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閑話「プロローグ」⑫

 なんだ、その薄っぺらい信用のようなものは。  そう判じた瞬間、すっと頭が冷えた。くすぶっていた苛立ちも腹立ちも焦燥も、なにもかもが。そうして最後に残ったものは、たぶん諦めに近かった。  自分ひとりまともにとり合おうとしていることが馬鹿らしくて、これ以上なにかを言う気にもなれない。あるいは、この感情をむなしいとでもいうのだろうか。  成瀬は目を逸らそうとはしなかった。自分の読みは外れないと確信している瞳。その目を見下ろしたまま、向原は笑った。  その確信がどこからきているのか、わかりたくもないのにわかってしまったからだ。  本当に馬鹿馬鹿しくて、心底腹が立つ。成瀬にも、自分自身にも。ぶり返しそうになる怒りを呑み込んで、肩から手を離す。 「そうだな」  本尾が手ぇ離したら、あいつらなにするかわかんねぇだろ。  だから嫌なんだ、と篠原は言っていた。そう昔のことではない。数ヶ月前の冬のことだ。成瀬が絡んでいるからと言って、下手に潰そうとするなよ、とも。  べつに、なにをするつもりもなかった。本当だ。たった今までは。  ――あいつ、絶対オメガだって。  ――それはないだろ。っつか、あれがオメガだったら、自信喪失するわ。  ――っつか、おまえ、ただ単にやりたいだけだろ。  あの顔、好きだって言ってただろ。そう嗤われていたことを、成瀬は知っていたはずだ。  馬鹿だな、と他人ごとの顔で笑っていたのが、ほかならぬこの男だったからだ。

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