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閑話「プロローグ」⑬
気をつけたほうがいい、と向原は何度も忠告した。馬鹿は馬鹿だから怖いのだろう、と。
なにも間違ったことを言ったつもりはない。一向に、この男は聞き入れようとしなかったけれど。
成瀬は、自分のことを守ろうとしない。
それは、自分ならどうとでもできるという自信に裏打ちされた無防備さ、というよりも、仮になにかが起きたとしてもどうでもいいという無気力さに見えて、だから、苛立たしかった。
たまに思うことがある。
オメガだろうが、アルファだろうが、なんでもいいけれど、こいつがアルファでさえあれば、もっと物事はすべて単純に片付いたのではないか、と。
今がまさにそうだった。
――アルファだったら、よかったのにな。
そう吐き捨ててやりたいのを呑み込んで、舌打ちひとつで向原は立ち上がった。
「向原?」
ドアノブを掴んだところで、呼び止める声がかかる。どこに行くのかと尋ねてくる声は、まったくの普段どおりだった。本当に馬鹿馬鹿しい。
「おまえには関係ないだろ」
振り返りもしないまま、切り捨てるようにそう告げる。自分の声が苛立っているのがわかって、それにもまた腹が立った。
この男にはなにを言っても通じない。なにを伝えても届かない。だったら、言えばわかるだろうほうにわからせればいいだけだ。ちょうどいいタイミングだった。
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