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閑話「プロローグ」⑯
困ります、と言い募るのを無視して鍵を拝借すると、そのままひとりで中に入る。そうしたところで、向原は鍵をかけ直した。かちゃりと鍵のかかる音が医務室の中に響く。
諦めたのか、扉の外からはもうそれ以上の声はしなかった。そのまま足を進めると、ベッドとの間仕切りになっていたカーテンが内側から引かれた。
「……んだよ、向原か」
「誰が来ると思って隠れてたんだよ」
どこかほっとしたような声に、向原は小さく笑った。ベッドの前まで歩み寄って、座っていた同級生たちを見下ろす。不機嫌そうな顔には派手に傷テープが貼られていた。ふつうの状態であれば、目立つところへの傷は割けるだろうに。これは相当、頭に血が上っていたらしい。
「誰も隠れてねぇよ。寮長だがなんだかしらねぇけど、偉そうに。同級のやつにこれ以上、面倒な説教されたくなかったんだよ」
たいしたことしてねぇのに、どいつも、こいつも、と不満いっぱいにぼやく様子からは、反省の色は見えない。
それはそうだろう。この男からすれば、自分より立場もなにもかも弱いものに手を出すことは、罪悪でもなんでもなく、説教されるような謂れのないことなのだろうから。
べつに、そのこと自体はどうでもいい。だから、向原は笑みを深くして問いかけた。
「どいつもこいつもって、成瀬だろ」
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