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閑話「プロローグ」⑰

「成瀬?」  呼び方の違和にか、その男が怪訝な顔を見せた。そうしてから得心がいったように笑う。おもしろそうに。 「なに、おまえらも揉めてんの」  品行方正に、って口ばっかりあいつもうるさいからな、と気持ちはわかるというふうに、そいつが続ける。 「でも、まぁ、それでも顔だけはいいからな。あれでオメガだったら、マジで笑え――っ!」  最後まで言わせずに、向原はベッドを蹴りつけた。放心したように残りのふたりは動かない。溜息ひとつで、とりあえずとばかりに目の前の男を引きずり落とす。落ち方が悪かったのか、負傷していた箇所が痛んだのか、声にならない声を上げて、苦悶の表情を浮かべている男の肩を踏みつける。  あまり大きな声を上げられても面倒だな。まぁ、そうなれば、喉を潰せばいい。そんなことを思案しながら、向原は吐き捨てた。 「一緒にするなよ、おまえと俺を」  正直、もう本当に面倒だったのだ。その口から語られるなにかを聞くことも、あの男のことも。  だから、これは半分以上八つ当たりのようなものだ。そうわかっていながらも、向原は足の力を緩めなかった。  そもそもとして、オメガだったらなんだというのだ。少なくとも自分は、オメガだから気に入っていたわけではない。べつに、なんでもかまわなかった。  そう言ったところで、あの男は信じないのだろうが。 「なぁ」  なにか言っているのを無視して、そう笑いかける。  腹が立っていた。おそらく、あのくだらない噂を耳にしたときから。成瀬が有効な対策を打とうとしなかったときから。 「よかったな、どこも折れてないみたいで。最低限の加減をしてやる気はあったんだろうな、あいつ」

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