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閑話「プロローグ」⑲

 それなのに、なにが、「変わるな」だ。  向原は、成瀬がどうして自分のことを信用し始めたのか、心を許し始めたのか、その理由を理解している。  自分が、そういった興味を示さなかったからだ。  そこから時間が流れ、なにかが変わり始めていることに気がついていても、認めさえしなければ「変わらない」と高を括っていたにちがいない。  そういう男なのだ。向けられる感情を自分にとって都合よく利用しようとする。それだけならまだいいのに、変なところで無自覚に好意に甘える節のある、本当に性質が悪い。  ドアを叩く音に、舌打ちひとつで手を払う。 「人間になる気があるなら、最初からそうしてろよ」  中途半端に完璧になるそぶりなんて見せずに。今ごろは、お得意の偽善者面であの一年を宥めているのだろうという予想が簡単について、それがまた苛立たしかった。  オメガに関わることの、危険性をわかっていないはずがないだろうに、自分は大丈夫だという態度を崩さない。  それに、なによりも――。  そこで一度、向原は思考を切り上げた。堂々巡りだったからだ。荒れた室内を一瞥して、うんざりとひとりごちる。 「本当に、あいつは何様だ」  ――なにが、変わるな、だ。  おまえが俺になにかするわけないだろ、と言ってのけたときとは百八十度違っていた、生身の人間のような声。  それがどうにも頭から消えなかった。

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