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パーフェクト・ワールド・ゼロⅢ⑤
「高藤はさ、知ってたの。榛名ちゃんのこと」
無言のまま、高藤が顔を洗う。答えるつもりはないのかなと半ば以上諦めていたのだが、意外なことに、濡れた前髪を後ろに撫でつけながら、高藤が口を開いた。改めて見るその顔はやはり整っていると思う。
同じアルファではあるけれど、例えば向原のような絶対さをこの同級生から感じることがあって、つまりそう言うことなのだろうと思ってもいたのだけれど。
「知らない、でいたかったかな」
「そっか」
「まぁ、いまさらだけど」
自嘲気味なそれに、何をどう言えば良いのか分からなくなって、荻原は笑った。
「そうかもしれないけどさ。それでも、榛名ちゃんは高藤が同室で良かったんじゃないかな」
もし、そうでなければ、ここまで平穏は続かなかっただろう。今後は、一緒には過ごせないかも知れないけれど、それでも。
「一人部屋になる期間がほんの少し早まったと思うしかないね」
「……まぁ、だな」
「良かったじゃん。一人は一人でゆっくりできるでしょ」
その隔離が吉と出るか凶と出るかは、誰にも判断できないだろうが、そうせざるを得ないだろうことは想像に難くない。
気のない顔で「そうだな」ともう一度、相槌を打った高藤に、仕方ないと告げる代わりに、その肩を叩く。
世の中のアルファが、みんながみんな、高藤みたいに紳士ではないだろうからなぁ。ある意味で、高藤と一緒の部屋である方が安全な気がしないでもないが、さすがにそれを忠言する気にはなれない。
それも、自分が決めることではないけれど。春に、水城春弥が入学して壇上に立った時。学園が変わるかもしれないと確かに思った。けれど。
「こんな風に変わらなくても、良いとも思うんだけどな」
ひとり言の調子で呟く。鏡に映る自分の顔は、なんとはなしに不安そうに見えた。
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