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パーフェクト・ワールド・エンドⅢ 5-15
「世話になったしな。俺がここでこうしていられるのも、半分はあいつのおかげだし」
過去に何度か口にしたこともあることで、事実だった。
向原がどう思っているのかは知らないが、十分すぎる借りだと思っている。返すあてもないけれど。
「世話になった、な」
「なんだよ」
「恋愛が厄介だということには同意する。寮の部屋割りでも、一番気を回している部分だしな」
険のある受け答えをものともせず、茅野は淡々と持論を展開した。
「まぁ、なにせ、対人間の問題だ。傷つくこともあるし、傷つけることもあるだろう。すべてがわかり合えるわけでもないしな。――が、厄介なだけではないと思うぞ。というか、そうであってほしいと思う」
「……」
「おまえは、そうは思わないのか? それとも、そんなに怖いのか。感情に振り回されることが」
あたりまえだろ、と吐き捨てる代わりに、どうとでも取れる調子でほほえむ。
頭を過ったのは、自信と確信に満ちた母の声だった。皓太と話して以来、思い出すようになってしまったもの。
思いどおりになんて、絶対にさせたくない。そう、自分の中の幼い自分が叫んでいる気がして、よけいにわからなくなりそうだった。
誰かに振り回されることは嫌いだ。自分が自分でなくなりそうで、だから、すべて自分で選びたい。そう思っているし、願っている。
なにも変わりたくはない。
その態度に、呆れと諦めが混ざったふうな顔で茅野が苦笑をこぼした。
「こちらがいくら言ったところで、おまえが認めて納得しないことには、どうにもならないんだろうな」
それもあたりまえのことだろう、おそらくは、誰にとっても。けれど、これもべつにわざわざ言うつもりはない。
先ほどと同じ調子で、成瀬は笑った。なんでもないことだと告げるように。
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