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パーフェクト・ワールド・エンドⅢ Φ-1
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僕は、弱い生き物が嫌いだ。
「へぇ、学費も寮費も全額無料。すごいじゃん、春弥。あんた、本当に頭良かったんだねぇ」
「なに、信じてなかったの?」
「だって、あんた、小さいころから大噓吐きだったからさ」
掃除の行き届いていないリビングで、酒を片手に陵学園の合格通知を眺めていた女が、その書類を机に置いて、ぱさついた明るい髪を掻きやった。剥げかけたネイルが、どうにもみっともない。
一連の挙動を冷めた目で見つめていた水城は、小さく溜息を吐いた。本当に、みっともない。
本当に、本当に幼かったころ。頭の先から爪先まできらきらと美しく、いつも柔らかな笑顔を浮かべていた「母親」だった生き物とは、ほど遠いありさまで、けれど、いつのまにか、この「女」の顔に見慣れてしまっていた。あるいは、記憶の中の残像は、幼心が見た幻影だったのかもしれない。
どちらにしろ、時の流れというものは、若さと美しさしか取り柄のなかった生き物とっては、ひどく残酷だということなのだろう。
僕とは違う。
「べつにどうでもいいけど。とりあえず、そこにサインしてよ。あんた、一応、母親なんだから」
「母親かぁ」
よくわからない笑みを浮かべた女が、水城が押しつけたペンを手に取る。お世辞にもきれいとは称せない署名を終えた書類を、よく確認もしないまま、女は水城に手渡した。
二言目には、私、馬鹿だからさ、と笑って、なにも調べようとしない馬鹿な女。そうやって、何度、都合の良い扱いを受けてきたか、本当にわかっていないのだろうか。
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