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パーフェクト・ワールド・エンドⅢ Φ-3
「それで、なに? だから、捨てないでほしいの? 僕に」
この惨めな生活を抜け出して、かつてこの女がいた煌びやかな世界に行くだろう、僕に。
「ねぇ、お母さん」
もう何年も使っていなかった呼び名を、あえて選んで、水城は優しく言葉を続けた。
「あなたと僕は違う」
「……え?」
「捨てられることしかできないあなたと僕はね」
見下していたはずの子どもにまで媚びた笑みを見せるのだ。自分でも、さすがに理解しているのだろう。これから先、唯一の武器だった美貌は衰えていく一方だということに。
惨めな生き物だと、本当に思う。男に養われなくとも、自分ひとりで生きていくだけの力を蓄えておくべきだったのだ。
自分は、そんな惨めな生き物には絶対にならない。だから、この通知を掴んだ。固まっている指先を払い落として、封筒の縁をそっとなぞる。これは、自分の努力が間違っていなかったという唯一無二の証明だ。
「僕をオメガに産んでくれてありがとう、お母さん」
中途半端な笑みを浮かべたままの女に向かって、水城は再度ほほえんだ。
「僕は、僕に相応しいアルファを選んで、幸せになるよ。あなたのことなんて忘れてね。それが僕の精いっぱいの親孝行」
「ねぇ、待って、春弥」
「どうしたの、お母さん。子どもが幸せになることが、親の幸せなんでしょう。かわいいと思ってくれていたのなら、これ以上の親孝行なんてないんじゃない?」
それ以上の相手をする気はなかった。焦ったふうに言い募ろうとする女に背を向けて、リビングを出る。扉を閉める前に振り返ってやったのは、餞別のようなものだった。
「幸せ者だね、お母さん」
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