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パーフェクト・ワールド・エンドⅢ 13ー10
なにも言えないでいると、向原が繰り返した。
「触らせんな、誰にも」
この五年のあいだに馴染むほど聞いた、静かな声。
――なんなんだろうな、本当に。
なんで、そういう、反応に困るようなことばかりを言うのだろう。そっと視線を外す。
再び流れ始めた沈黙の中で、頭に浮かぶのは、今だけだと思い切ることで箱に仕舞い続けてきた記憶の数々だった。
ずっと気は張っていた。あたりまえだ。でも、楽しくなかったわけではない。気が緩みそうになったこともなかったわけではない。
でも、だからこそ、期間限定のものでないといけなかった。
「向原は、さ」
俺のなにがいいわけ、と問いかけそうになった言葉を、寸前で成瀬は呑み込んだ。
なにを尋ねようとしているのだと我に返ったからだ。べつに、そんなこと、聞く必要などないことだ。
自分には、なにがいいのかはさっぱりわからない。それでも、気持ち悪いくらいあの人に似たこの顔が、人の目を惹くらしいことは知っている。あるいは、もっと単純に、オメガだからかもしれない。
――アルファがオメガを呑もうとするのは、本能だ。
オメガも同じだ。強いアルファを本能で欲する。強ければ強いほど、そのアルファになびかないオメガはいない。
本来で、あったらば。
その本来に反しているから、躍起になるのだろうか。なんでも手に入れることのできるはずの男が、思い通りにできないから。
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