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パーフェクト・ワールド・ハルⅠ-6

「大人になったんじゃない。榛名もさすがに。三年経って。ところで、荻原。ここの鍵って預かってる?」 「高藤こそ預かってないの?」  きょとんと聞き返されて、皓太は茅野の悪癖を今更ながら思い出した。悪い人ではない。多少口は軽いが良い人だ。だがしかし。とてつもなく忘れっぽいのだ。中等部の折に一年間同じ寮生委員会に所属していたが、茅野の忘れ物を会議中に何度取りに走らされたことか。 「茅野さんだと思う。俺、鍵借りて来るわ」  溜息半分でドアを開けようとした瞬間、勢いよくドアが開いた。危うく額を強打するところである。 「おぉ、高藤。どうした」 「どうしたもこうしたもないですよ。鍵、貰うの忘れてたんで、探しに行こうと思ってたんです」 「それはナイスタイミングだな! 俺もさっき柏木に指摘されて思い出して、持ってきたぞ」  恨みがましげな視線もなんのその。悪気なく笑った茅野が、「終わったなら出るぞ」と荻原を呼び寄せる。 「お疲れ様です。どうですか? 歓迎会の準備」 「柏木が仕切ってるから安心しろ。だから、このまま部屋戻って良いぞ、おまえら。ちょっと休んどけ。疲れただろ」 「え? 良いんですか?」 「来年はやってもらうから。今の内に休んどけ」  嬉しそうに弾んでいた荻原の表情が、ですよねと言わんばかりにしおれていく。なんとかなるから大丈夫だぞ、といかにも適当な励ましを荻原に送っている茅野の少し後ろを歩きながら、皓太は五階を見渡した。そう思うからかもしれないが、一階や自分たちの部屋のある二階と異なり、どこか格式高く見える。もともと、陵学園全体が開校当時からの歴史ある建築物を今も使用しているため、重厚な雰囲気が流れてはいるのだけれど。  ……と言うか、榛名はよくこんな入り難そうなところに、正式な入寮日前からほいほいと入り込んだな。  行動力の賜物と言うか、ストーカー気質の成せる業とすれば良いのか。後者は本人が聞けば憤慨するだろうが。そんなことを考えていると前を行く二人の足が談話室の前で止まった。 「お、成瀬」  茅野が呼んだ名前に、荻原の背が緊張したように伸びる。  ――そうか。荻原は中等部の時は寮が違ったもんな。  成瀬や向原と言った生徒会の役員を、憧れながらもどこかで畏怖している同級生は多い。同じ寮で過ごすうちに緩んでいくのだろうが。  小型の丸いテーブルが二つに、それを挟むように二人掛けのソファがニ脚ずつ。この国を支える政治家たちも学生時代は多くの論議を交わしていたと聞くが、少なくとも中等部時代の寮で、そんな光景はついぞお目にかからなかった。

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