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パーフェクト・ワールド・ハルⅠ-8

「あんなにはっきり発言されちゃ、相部屋にもしづらいだろう。かと言って、一人部屋を与えたら差別かって言われかねないし。おまえら知ってたのかって、楓寮に散々絡まれた。主に篠原が」 「それでおまえが仲裁って?」 「仲裁ってほどじゃねぇけど。そもそも、俺らだって知らなかったし。事前に挨拶文チェックなんてするかよ」 「だろうな。気の毒に。流れ弾だな、正に。まぁ、楓寮の寮生自体は盛り上がってるだろうが。その分、大変だな。あぁ、じゃあ、向原、もしかして楓寮まで行ったわけ」 「まぁ。篠原がどっちか付き合えって言うから、俺が行こうかなと思ったんだけど」 「分かった、分かった。向原は、おまえにだけは甘いな、相変わらず」 「そんなことないって。あいつ、そう見えないだけで、誰にでも優しいから。なぁ?」 「え、いや、……うん。まぁ、そうかな」  飛び火した話題に、どうだろうなと思いながら、とりあえず皓太は同意した。うん、まぁ、向原さんが一番誰に甘いかと問われれば、一も二もなく祥くんだと答えるけど、俺は。俺も他の後輩よりは可愛がられているとも思うけど、それも間違いなく祥くんの弟分だから、だろうし。  どう反応して良いか分からないまま曖昧な笑顔を保っている荻原に、茅野が同情的な顔で一つ頷いた。 「高藤は慣れてるかも知れんが、荻原は慣れろ。会長様は素だとこんなもんだ」 「こんなもんってなんだよ、こんなもんって」 「たまにいるだろう。おまえにどえらい夢を見てる会長信者。そんな信者の夢がいきなり壊れないように、事前におまえの評価下げてんだけどなー」 「だからって、調子に乗ってあることないこと言うなよ、おまえ。この後の歓迎会でも」 「おまえだって、寮の中でまで良い顏してたくはないだろ? 早いうちに夢を砕いといた方が、お互い良いと思うんだけどなー。そのあたりだけは向原と意見合わねぇんだよなぁ」  なんなんだ、あいつは。おまえにずっと王子様させときたいのか、と。訝しげにぼやく茅野に、成瀬は「おまえが極端すぎるだけだ」と笑っていたけれど。 「ま、おまえの本性知ってるはずなのに、夢見てる奴もいるし。一概には言えないけどな」  ちらりと視線を送られて、榛名のことだと高藤は確信した。榛名だ。あの男は、同学年の中でかなり有名な成瀬フリークだ。口を開けば成瀬さん、成瀬さん。珍しく幸せそうな顔をしていると思えば、成瀬さん、だ。  榛名。その名前ではたと高藤は茅野に尋ねようとしていたことを思い出した。 「あの、茅野さん。ミスコ……」 「おわ、時間喰い過ぎた。柏木が怒っている。悪い、高藤。またあとでな! 荻原もお疲れさん、助かった!」  ブブ、と振動したスマートフォンを取り出して顔を青くした茅野が、大声で挨拶だけを残して勢いよく階段を下っていく。ドンドンとけたたましい足音がフェードアウトしていくのに呆気に取られていると、成瀬が呟いた。 「一応、ここ、走るの禁止だからな。まぁ、あいつが寮長だけど」 「あの、成瀬さん」 「ん? なに?」 「いや、その、……大変そう?」  自分が感じた、あの嫌な直感が外れることを切に願って、皓太は問いかけた。曖昧なそれは、けれど、確実に伝わったのだろう。成瀬が微笑んだ。 「ごめん。心配させたな。大丈夫だよ」 「……うん」  「まぁ、皓太たちは同じ学年だから、思うところは増えるかもしれないけど、でも、ちゃんと話せば大丈夫だよ、きっと」  そうであれば良いと、皓太も思ってはいるのだけれど。今頃、楓寮はどんな騒ぎになっているのだろうと考えて、気が付かれないように皓太はそっと息を吐いた。階下からは謝る茅野の情けない声と寮生の笑い声とが響いている。それがひどく遠く感じた。 「皓太」  その声に、意識が急速に談話室に戻ってきた。懐かしいそれに、知らず安堵してしまった。これじゃ、榛名のことを笑えない。 「荻原くんも。入学と入寮おめでとう。入って早々、寮の管理やみささぎ祭で大変だとは思うけど、良い高校生活になると良いな」

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