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パーフェクト・ワールド・ハルⅡ-1

[2]  朝に五錠、昼に三錠、夜に五錠。  榛名行人は、誰にも気がつかれないように薬を飲む。オメガのフェロモンを抑え、発情期を抑える抑制剤だ。  この学園に入学を果たした折、学園側と約束を交わした。陵学園はオメガの入学を拒まない。その代わり、最低限、守ってほしいことがある。アルファの多い学内で絶対に発情期を迎えないこと。これはあなたを守るためでもあるし、他の生徒を守るためでもある。  正しいと行人は思った。同じ屋根の下でアルファとオメガが共存していくための最低限。十代後半から始まるとされる発情期を、行人はまだ経験したことがない。抑制剤が良く効く性質なのかもしれないし、あるいは、「遅い」だけなのかもしれない。どちらとも知れないから、行人は欠かさず抑制剤を飲み続けている。長年の服薬は頭痛や倦怠感と言った副作用をもたらしたが、止めるつもりはなかった。これさえ続ければ、自分も「普通」でいられる。「ベータ」として生きていける。繁殖種のオメガではなく。恥ずるべきものではなく。第二の性は、行人にとって何を置いても隠し通さないといけない秘密だった。そしてそれがオメガであれば当然だと思っていた。  だから。――だから、あの編入生の発言は信じられなかった。  寮二階のトイレ内の洗面台で香水を一吹きする。頭の痛くなりそうな、甘い香り。行人は嫌悪を堪えて顔を上げた。鏡には、青白い不機嫌そうな顔がひとつ映っている。線の細い少女のようなそれが、行人には気に喰わない。筋骨隆々とまでは望まないが、もう少し男らしい顔にならないものか。  そんな悩みとは無縁だろう同室者は、あと二年もすれば嫌でもむさくるしくなるのではないか、と呑気に請け負ってくれたけれど。  ボトルをポケットに仕舞って、鏡の中の自分から顔を逸らす。あと十分もすれば寮生も集まり出すだろうが、六時にもなっていない今は行人一人だ。中等部のころから変わらない朝の儀式。正式な入寮式を終えて二週間近く経つが、一人の時間は誰にも破られていない。けれど、それも今日までだったらしい。近づいてきた足音に、行人は意識してもう一度ゆっくりと息を吐いた。

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