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第1話 わがまま
夏の扉を叩くのは
ーわがままー 四月終わり
「 これ、あんたの車?」
日曜日に特別召集された職員会議。
普段は電車で来る高校に車で通勤した朝だった。
「 ああ、そうだが 」
「 俺、この車憧れなんだよな
わざわざ輸入したのか?」
俺は朝から乗って来るつもりだった国産車の鍵が見つからなかった事のイライラが続いていたので思わず無愛想に
「 君は?誰?」
と質問を返した。その薄紫のニッカポッカを履いた格好から何故彼がここにいるのかはわかる。
「 俺?俺は一年に光って子がいるだろう?今年入った。藤間光、あの子の父親、お父さん 高光って言うんだ 」
「 え?父兄?」
俺は頭の中でページをめくる、確か藤間、藤間、
「 ああ、4組の 」
「 あっ知ってる?そうだよ!」
嬉しそうに破顔したその顔はその子の資料に貼った写真を思い起こせるものだった。
「 改修工事、日曜は休みのはずだが 」
と聞くと、現場の遅れを取り戻すために音の出ない工事が今日入っているという返事だった。
「 現場監督は来てるのか?」
と尋ねると1時間で終わる工事だから俺が来たんだと応える。
無駄な長話に時間を確認すると後10分で会議が始まる時間だった。
「 失礼 」
と言いながら彼の横を通り過ぎようとすると、また彼から話が振られた。
「 なぁ、あの車あんたが帰る時に少し乗せてくれないか?」
あまりな申し出に言葉がすぐ出ない。
逡巡したが学生の父兄と特別な行為をするべきではないと妙に硬い判断をした俺は、
「 悪いがそれはできないな 」
と断った。
「 そっか 」
と残念そうに肩をすくめた彼はそのまま俺の車を眺めている。少し車が心配だったが、時間もないのでそのまま俺は正面口から校内に入った。
その話はこれでは終わらなかった。
なぜなら会議が終わった後、三枝先生を久しぶりに昼飯を食いがてら送ろうと駐車場に向かうと、そこにはまだ薄紫の鳶の作業服を着た彼がいたからだ。
「 何してる?」
流石に少し声を尖らせて聞くと、
「 あ、終わったんだ。待ってたんだよ、せめてエンジンの音聞きてえなって、思って 」
「 何を……」
勝手な申し出に言葉が詰まると、
横から三枝先生が彼に声をかけた。
「 もしかして一年の藤間君のお父さんですか?」
驚いて振り返った俺に、
「 毎日、授業が終わった後4組の教室の外から声かけられるんです 」
と微笑みながら答える。
「 仕事中に?」
とまた声が詰問調になるのは仕方がない。俺は一応この学校の管理者の立場だから。
「 いやちょうど休憩の時間だったから 」
と頭の手ぬぐいを外しながら言い訳する姿は手ぬぐいの下の金髪と相まってまるで高校生そのものだ。
これが父親?高校生の?どう見ても30そこそこにしか見えない。
親しそうに言葉を交わす三枝先生。
「 あはは、それで高光さん、この教頭先生の車に乗りたいって言ったんですか?」
「 そんなんす、けどソッコー断られちゃって 」
名前呼びなのか?俺は一つ咳払いすると、
そろそろ行きましょうと話の腰を折った。普段ない俺の態度に少し驚いた三枝先生が気まずそうに彼に挨拶をする。
「 光君頑張って予習してきてますよ、このまま続ければ心配ないと思うから高光さんも安心して 」
と声をかける。
俺は今の自分のとった態度に気持ちが落ち込んでいった。
理由がわかってるだけに余計に沈む。
漂った気まずい沈黙とそれを払拭するような彼の声。
「 あ、すんません、足止めしちゃって、俺ここでエンジンの音だけ聞いたら帰ります 」
なぜか引き止めなきゃいけない気がした。それでも黙り込む俺の顔を不思議そうに見ると三枝先生は、
「 先生、高光さんなら大丈夫ですよ、少し一緒に 」
その言葉に破顔した彼の顔は邪気のない綺麗な笑顔。
ほんの少し前の心の澱が綺麗になくなるような晴れた気分は、三枝先生のおかげか彼の喜んだ顔のせいか。
トクンとした心の音を俺は聞かない事にした。
そうだよ、まだ俺は三枝先生を諦めちゃいないんだ。
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