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第100話 本気の恋、初めての思い
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ー 本気の恋 、初めての思い ー
追いかけても凌の脚は早く、大声をあげても止まらない後ろ姿はそのうち朝を迎えた街の動き出した日常の中でわからなくなった。
あいつは携帯電話を持っていない。
剣崎か安堂に連絡するしかないことに気がつくと俺は家に帰り直ぐに剣崎に電話をした。
「 凌が……」
「 おはよう、どうした?
凌って、
高光さんが菅山さんの所に居るのか?」
「 いや、違う、居たんだ、居たんだけど居なくなった。
どこに行ったんだ?あいつの行く場所を知ってるんだろ?どこだ?
安堂の家か?」
「 菅山さん、、今家に居るのか?」
「 そうだよ、さっきまで凌は俺のそばに居たんだ。
夜中やってきて……俺のそばに 」
「 そうか、高光さんは会って直接言いたかったんだな 」
「 なんだ?どういう?」
「 今からそっちへ行くから。出かけずに待っていてくれ 」
剣崎は一方的にそう言うと電話を切った。
青木に遅くなるからと連絡を入れ、悶々と待つこと1時間で剣崎がやってくる。
家にあげると、手もつけてない食卓の上を見てため息をついた。
「 朝ごはんくらい食べていけば良かったのにな……
まぁ、菅山さんが納得いくまで話す余裕もなかったんだろう 」
「 どういうことだ?
君は知っていたのか?
凌は昨晩俺の元に帰ってきた。
それがなぜ、
凌は安堂を身元引受人に選んだんだ?
一緒に生活してた俺を選ばなかったのは君が凌に何か吹き込んだのか?
警察の心象とかそんなどうでもいい事を言って !
凌をコントロールしたのか! 」
自分の言葉に煽られていく。
剣崎が俺をその鋭い眼差しで睨みつける。俺も負けじとその視線を真正面から受け止めた。
「 菅山さん、あなたさ、高光さんをなんだと思ってるんだ?
彼はもうとっくに成人してるし職を持って独り立ちしている男性だ。
ましてあなた方は恋人同士なんだろ?」
「 勿論だ。俺は凌を恋人だと 」
「 その恋人だと言いながら、高光さんの凌さんの気持ちを真剣に受け止めた事があるのか?
違うな菅山さん、好きだと言いながら相手の心の奥底を知ろうともしなかったんだよ、
あなたは 」
「 心の奥底を知る……」
剣崎から出た言葉は今更言われるまでもない事実を俺に叩きつける。
「 恋人と思ってる相手に身元引受人になって貰いたいって、
考えると思うのか?
ましてや男同士、
同等に並んで歩いていきたいと思う相手に社会的に保護して貰いたいと高光さんがそう思うって?
彼には後何年かで成人するお子さんもいるんだぞ。
保護者としての権利は奪われていてもずっと側にいて護ろうとするほど誠実で責任感のある人なんだ。
今回の事件で彼は真の底から今までの自分の生き様を問い直していたんだ。
護りたい相手を大切にしたい人たちを自分の過去が原因で不幸にしてしまったんじゃないかと、気の毒なほど悩んで悲しんでいたよ。
そして、社会に又戻れたら今度は好きな人を大切にしたい人たちを本当に護れるように、頼られるような人になるようやり直したいと私に話してくれたんだ。
菅山さんあなたが、
高光さんを人として同等に、
例えば青木や私のように、そう考えられないなら、
あなたは彼に対してあまりにもデリカシーがないと私は思う 」
その剣崎の発言に俺はハンマーで頭を殴られたようにショックを受けた。
凌の本音、いつもどこかで口ごもるように俺の助けを否定していた態度。
なんで気がつかなかった、なんで考えが行かなかったんだろう。
いつも凌は態度で表情で現わしていたじゃないか……
肩を並べて隣に居たいんだって。
昨夜、最後に聞いた凌の言葉が蘇る。
『 何にも自慢できるものもない、俺じゃ、そばにいちゃダメだ 』
『 でも今は、ひとりじゃないとダメなんだ……』
凌の心の底からのこの思いを受け止めてやって居なかった俺は馬鹿だ。
愚かなあほんだらだ。
あいつも一人の男なんだ。
自慢もしたいし、自分を卑下した心で自信のないまま恋人の側には立ちたくなかったんだ。
凌。
お前の気持ちを俺は大切にしなきゃなんないんだな。
俺にしかできない事なんだな。
本気で俺を好きだから、
今はひとりでやり直したい、
そうするしかないんだな。
ーーーーーーーーーーーーーーー
凌が俺の前から去ってから三ヶ月が過ぎた。
光のこともあるし、まだ平田の別件の捜査が続いていると聞いている。
捜査官に釈放後でも連絡はすぐ着くようにと申し渡されている凌が東京を出ることはないだろう。
俺は剣崎や安堂さんに凌の居る場所、その事を尋ねることを止めた。
居るだけで近くの街に居ると思うだけでいい。
凌が俺の側から離れる気持ちが痛いほどわかったからだ…
それでも俺の凌を求める気持ちの整理はまだ付かず、空いた隙間に忍び込む寂しい冬の訪れを感じながら都外への街道を車をとばす。
アクセルを踏んでは離し、離しては踏む。
その動作の繰り返しでやがて車は目的地に着くだろうが、俺の心はあれからちっとも進まない。
剣崎からおかしな連絡が入った。
例の焼肉屋に行くから一緒に来ないかと言う。今の俺に何の用があるのかわからないが、新しい仕事場でしなきゃならない準備も粗方終え空いた身体はそれに断る理由もなく同意した。
夏には灼熱だった道路が今やその陰りもなく落ち葉が散った舗道ではちらほらとマフラーを巻いた人々も行きかう。
夏の面影はもう目を凝らしてもどこにも見つからない……
夏の扉は開けられたままで、今年の冬は正直寒さがきついだろう。
薄っすらとした陽射しの中、家の中で一人佇む萎びれた自分の姿が見えるようで、その憐れさにも自嘲する。
店に後何分かという所、差し掛かった交差点の信号で止まり、
ふと、窓の外を眺めると、
向こう側の道路工事のゲートの側に薄紫色のニッカポッカが見えた。
突然の懐かしいカットに目を凝らすと、
俺の前でふっと薄い茶の髪が顔を上げる。
青信号になったのに動かない俺に後ろからクラクションが鳴る。
俺の方を見る彼、
僅かに見張った眼差し、
薄く空いた口元は何かを呟いた。
僅かな時間でたしかに。
俺は凌を見た。
車を放り出し駆け寄りたい衝動がこみ上げる。
行け、凌のもとに……
握っていたハンドルを離し、
身を乗り出すようにドアノブを握る指にとてつもない力が篭る。
凌から離せない目に前よりずっとしっとりと落ち着きを見せる姿が映る。
そこには、
少し短めに整えられた髪としっかりと首を上げて佇むひとりの男が
居た。
髪を金色に染めるのはやめたんだな……
息づかいまで聞こえそうなほど近くに凌が見えるのに、
ドアを開け駆け寄れば手でしっかりとその腕が掴める距離に凌が居るのに、
俺は動けなかった。
ただ、視線の先の知らなかった凌が俺の頭に心にズキズキと痛いほど刻まれていく音を聴いていた。
同じ工夫(こうふ)に肩を叩かれて彼の視線はこちらから外れた。
視界から身を隠すように工事ゲートの中に消えて行く陰。
『 いつかは帰ってくるあなたのそばに、
でも、 ……今じゃない 』
待っていてくれと言わなかった男の健気さが脳裏に刻まれた一枚のシーンから視程に入る。
重なった雲の間から差す強い光が今はまだ曇りガラスを通したように朧に可視化される。
思いながら待つ、二人の間を流れる時がそれをクリアにしていくことを。
『 柾さんが好きだよ。
あなたから貰ったものはここにある 』
もう一度俺は心の中にその言葉を静かに置いた。
end
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夏は少年を大人にする、そして大人はひととき子どもに帰ることのできる時間。
長らく夏のこなかった男。
思い出したように扉を探すが、雌猫すら共に生きることをやめた身に夏の扉は見つからない。
久しぶりに恋をした。
その夏を迎えた時、トントンと扉を叩く音がする。
叩かれた扉を開くとそこには昔置いて来た懐かしい夏の匂いがした。
その扉を叩いたのは、昔の自分なのか……
それとも大きくて面倒で、人誑しの雄猫なのか。
置いてきた昔の恋の上に又咲いた
淡い恋が淋しい心を開くきっかけになり、
開いた心にはやがて本当の恋が降り立った。
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