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はるかわくんの やみ -9-
突然ラインの通知音が鳴って、驚いて思わずスマホを落としそうになる。
《 今日飯食べに行っていい? 》
大窪だ!
ダメだ、まだあの2人がいるかもしれない。
返事を返す前に、連続して通知音が鳴る。
《 今から行くけど、なんかいるものある?こないだクリアクリーンが切れかかってたけど、買ってく? 》
《 フツーのタイプで良かったっけ? 》
竹林のなかで間抜けに鳴り響く通知音に動揺してアタフタしていたら、今度はけたたましく電話が鳴った。
慌てていて思わず通話状態にしてしまう。
『あー、もしもしオレー。ごめん今ドンキ来てたから電話したんだけどライン見た?』
もしもし?おーい寝てたの?
いつもの大窪の声と、店内放送の音声が入り混じって聞こえてくる。
『レジまじ混んでてうぜーわ』
…なんで今、電話して来るんだよ…。
自立を覚悟できたとこだったんだ、俺は…。
(かまわずに電源を切ってしまおうか…)
でもこのままじゃ大窪が俺の部屋に向かってしまう。
『あれ?春川?』
早く…なんとか言わないと…
『…春川、春川大丈夫か?』
だめだ!もう!しっかりしろよ、俺!
『春川切るなよ!動くなじっとしてろ!』
ほらバレかけてる!
せめて何か言わないと!
部屋には行くな、大窪!
「だめだ、大窪、」
だめだ、部屋に行っちゃ。
「だめだ、…」
くそ。なんだよ。今ごろになって体中が震えて来た。声がうわずりそうになる。
『わかった。』
大窪の声が急に鮮明になったのは、店内から外に出たためだろう。
『今、部屋じゃないんだな。』
大窪はゆっくり、はっきりと喋った。
『とりあえず、何が見える?』
…―― 完全にバレてる。こっちに向かって来る気だ。
「……だめ……」
『あーほらもう、泣いてんじゃん。』
悪かったな。
『あいつは一緒じゃないんだな。良かった。うまく逃げたんだな。頑張ったよ春川。』
大窪はまた途切れなく話しかけはじめた。
なんで俺のカタコトのコトバで、俺の状況をそんな的確につかめるんだ、大窪は。
俺の声はそんなにヤバいのか。電話の向こうで車のドアがしまる音がまた聞こえた。
『俺はね春川、こんなこともあろうかと、リサーチしてあるんですよ。次の“アジト”を。つっても何件かあるけど。今から会って、話そうぜ。これからのこと。』
……本当に、だめだ……
つくづく俺は、だめな人間だ…
大窪の声が、存在が、こんなにもうれしい。
ひりひりするノドをこらえて、今見えているものをやっと伝えると、大窪は間抜けな声で『たけぇ?』と言って、はははっと笑った。
俺も大窪みたいに強くなりたい。そう思うと、なぜかますます泣けてきて、困った。
・・・‥‥…………‥‥・・・
大窪は俺の考えを見越していたかのように、今まで住んでいた場所とはかなり離れた物件を紹介してくれた。今までの町から、電車でもゆうに1時間はかかる。
大窪の親が管理している不動産がどこまでの範囲をカバーしているのか知らないけど、きっと無理をしてあたってくれたに違いない。
バイトでも始めたいと言う俺に、バイトは短期のやつにしとけ、とか、“ねぐら”がバレないようネカフェを活用しろとアドバイスしてくれた。「キツいかな。」全然。あのころより全然マシ。
大窪とはたまにしか会えなくなった。
でも時折パソコンあてに長文メールを送ってくる。(男のくせに。)内容はとりとめない近況報告が主だ。
スマホは電源が切れたまま、クローゼットのダンボールのどこかに眠っている。
あのひとがイズミさんに、携帯がどうのと言っていたのが気味悪くなったのだ。
そして、俺は、コンビニなどで短期のバイトを転々としたあと、店長に出会った。
あのひととは真逆の、太陽みたいな笑顔の、そのひとに。
(咲伯 DATE 2月13日 午前10時12分 へつづく)
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