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海斗ごめん

朝、五時に起こされ、そのまま近くの美容室へ。メイクを施してくれたのは姉の知り合いという藤さん。いつもニコニコしてて、初対面の僕にも気さくに話し掛けてくれた。 「肌がもともと綺麗だから、ナチュラルメイクでも充分いけると思う。やっぱり、姉弟ね。似てる」 髪が長かった姉に、少しでも似させるために、ウイッグを付けられた。 なんか、変な感じがして、違和感半端ない。 「目元の涙袋や、笑うとえくぼが出来る所なんて、そっくり」 「似てないですよ、全然。あの、すみません。変な事聞いてもいいですか⁉」 「いいわよ」 「姉は、どうやって、一樹さんと知り合ったんですか⁉」 「早織は、その・・・」 藤さんは、急に言葉を濁し、押し黙ってしまった。 「話してあげたら⁉あの、女狐の事」 鏡の中に、紙袋を手にした、初老の女性が現れた。後ろを振り返ると、 「一樹の母です。皆木さんでいいのかしら。こんな馬鹿げた事に巻き込んでしまって申し訳ないわね。メイクが終わったら、これに着替えて」 「あっ、はい」 差し出された紙袋を受け取ると、一樹さんのお母さんが、隣の椅子に腰掛けた。 「槙さん、いいんですか⁉」 「いずれ分かる事よ。藤さんは、手を動かして。私が話すわ」 そう言うと、僕の顔をまじまじと眺めた。憎しみを湛えた冷たい眼差しで。 「あの女、金目当てに息子に近付いたのよ。胡散臭いとは思ったのよ。素性を一切話そうとしないし、何もかも嘘まみれ。挙げ句は、男と選挙資金を根こそぎ持ち逃げよ」 母が自ら死を選んだとき、姉を一番、憎んだ。 好きな人と、娘に、裏切られ、僅かばかりの貯金さえ奪われ、人生に絶望した。 憎い。 憎い。 憎い、けど・・・。 「あら、貴方、泣いてるの⁉」 泣きたくて泣いてる訳じゃない。 確かに姉は、罪を犯した。だけど、それなりの理由があったはず。 確かに、憎いけど・・・憎んでも仕方ない。 「もう、いいだろ。ナオは関係ない」 一樹さんが顔を出した。オーダーメイドのスーツに身を包み、きりっと精悍な顔つきで。昨日のだらしなさは、微塵も感じさせない。 橘内さんの言う通りかも。

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