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姉との再会と別れ
夜八時で、投票が締め切られ、即日、開票作業が始まった。三十分も掛からず、一樹さんの当確が出て、事務所では、早々と万歳三唱が盛大に行われた。一樹さんが、支援者を前に、深々と頭を下げ、当選の挨拶をしている時、出入り口付近が急に騒がしくなった。
人の波を掻き分け、現れたのは・・・。
「姉さん・・・」
五年ぶりに会う姉に対し、不思議と、嬉しい、悲しい、憎い、なんの感情も沸いてこない。
「あんた、誰!?なんで、あたしがもう一人いるの⁉」
千鳥足でふらふらと。虚ろな瞳は、色をなしていない。
顔も青ざめ、髪は、白髪が混じり、艶ひとつない。二十二歳のはずなのに、その姿は、まるで、老婆の様で・・・。
しかも、その手には、ナイフを握り締めていた。
「警備員は、何してる⁉追い出せ」
橘内さんら、周りの人達が、僕と、一樹さんを守る為、姉の前に立ち塞がった。
「あら、一樹、久し振りねぇ。よく、見たら、ねぇ、あたしにそっくり」
げらげらと卑しく笑う姉。
その視線は、僕へと向けられる。
「あら随分、若いの娘なのねぇ。あんた、知ってる⁉一樹ねぇ」
「止めろ」
一樹さんが声を荒げる。
「どうしようもない、マザコンのインポなのよ」
姉さんの言葉に、一樹さんは、苦虫を潰すような表情を浮かべてる。
何も、こんなところで、そこまで言わなくても。彼がかわいそう。いくら、夫婦でも、言っていい事と、悪いことがあるはず。
橘内さんと、一樹さんの手を払い、姉の前へ歩み出た。キツいお酒の匂いに眩暈を覚えながら、姉と対峙する。
「本当に、僕が誰だか分からない⁉」
彼女は、微動だにしない。
いくら、女の格好をしてても、普通は気がつくはずなのに。
「弟のナオだよ。姉さん、久し振りだね」
「あたしに、弟なんか、いたかしら⁉」
「姉さんがいなくなって、母さんも亡くなって、一人ぼっちになって、どんだけ寂しかったか。甘えたくても誰にも、甘えられなくて。僕を引き取ってくれた、おじさんや、おばさん、海斗は、すっごく、優しくしてくれる。本当の寂しがり屋は、僕なのに、海斗の方から甘えてきてくれる。一樹さんも、そうだよ。誰だって、一人では、寂しくて生きていけない。もとの優しかった姉さんに戻って・・・」
こうするしかない。
姉に正気を取り戻す方法は。
ゆっくりと、一歩ずつ、姉に近付いて行って。
その小さな肩を、抱き寄せた。
チクりと、お腹に痛みが走ったけど、それ以外は、不思議と痛くなくて。
一樹さんが何かを叫んで。
周りにいる人達も、何故か、悲鳴を上げていて。
なんでだろう⁉
視界が、ぼおっとしてきた。
「ナオ!」
ようやく、一樹さんの叫ぶ声が耳に届いた。
崩れ落ちる僕の体を優しく抱き止めて、ぎゅっと、抱き締めてくれた。
霞む視界に、橘内さんらが、呆然自失となり、しゃがみこんだ、姉の手から血が滴るナイフを取りあげ、取り押さえているのが見えた。
「ナオ、ごめんね、ごめんね」
姉は泣き崩れていた。
これで、良かったのだと、安心した矢先、腹部に激痛が走った。
一樹さんが着ている、白のジャンバーがみるみるうちに、赤くなっていく。
「一樹さん、ごめんね、ジャンバー汚しちゃう」
「こんな時にいう台詞か⁉」
彼は泣いてた。
さっきは、強がって、泣いてない、そういってたのに。
「ナオ!ナオ!救急車、まだか⁉」
一樹さんが、声をあげ、僕の体を揺さぶるけど、どんどん鉛のように重くなっていく。
そして、だんだんと、意識が遠のいていく。
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