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寂しがり屋に舞う恋
辺り一面、菜の花畑。
さわさわと、心地いい風がそよぎ、透き通った五月晴れの空がどこまでも続いててーー。
そこは、小さい頃、家族で遊びにきた思い出の場所であり、母が最期に選んだ場所。
母は、最後の最後まで、一人の女性だった。
未婚で姉を産み、また、別な人と恋に落ち、僕が産まれーー。
姉も、母と同じ道を辿った。
「・・・ナオ」
誰かが呼んでる。
この声は・・・。
おばさんの声だ。
「ナオ、おばちゃんちの子になりな」
母が亡くなって、一人ぼっちになって、泣いていた僕に、その、おっきい、分厚い手で、頭を撫でてくれた。
「すべすべの綺麗な手じゃなくて、ごめんね」
そんな、謝らなくてもいいのに。
僕、この手が大好きだよ。すごく温かいから。
おじさんも。海斗も、大好きだよ。
ーナオ、家に帰りなさい。貴方を待っている人が沢山いる。もう、独りじゃないのよー
また、違う人の声・・・。
この懐かしい声は、母さんの声だ。
帰る・・・!?
そう、帰らなきゃ。
海斗や、おばさんや、おじさん。それに、一樹さんが待ってる。
姉さんの事、僕が、看ないと。
僕には、姉はいません、そう言ってごめんね。
これからは、ちゃんと、僕が面倒をみるから許して。
ゆっくりと、意識が、浮上していく。
菜の花畑が、どんどん小さくなり、やがて、見えなくなりーー。
次に目が覚めた時、病院のベットの上だった。
「海斗・・・」
ずっと、僕の手を握り締めててくれたんだ。
ありがとう。
手を伸ばし、彼の柔かな髪に触れようとして、気が付いた。
もう片方の手も誰か、握ってくれてる。
見ると、そこには、一樹さんの姿。
目が腫れてるのは気のせいかな?
「一樹さんも、ありがとう」
「ん⁉ナオ、起きた⁉」
もぞもぞと、海斗の体が動く。
「海斗、ありがとう」
「お前は馬鹿か。みんな、心配したんだぞ」
「ごめんね」
海斗は、鼻を啜りあげながら、精一杯の笑顔を見せてくれた。
「姉さんは!?大丈夫!?」
「お前は、いっつもそうだな。自分のことより、周りに気使って・・・早織さん、元彼に騙されていたらしい・・・」
「海斗、その先は、俺から言うから」
一樹さんだって、苦しいはずなのに。
ごめんね。
「ナオ、お前には、かなり辛い話しだが、いいか⁉話しても⁉」
「うん」
隠し事されるよりいい。
ちゃんと、話して。
「早織は、ナオの母親の内縁の夫と、駆け落ちして、この街に辿り着いた。水商売、美人局詐欺をしながら、そいつの為に、必死で尽くしたらしい。浮気性と、ギャンブル狂のそいつは、ろくに働きもせず、昼間から、酒を呑み、女を連れ込んで・・・。やがて、早織を暴力で支配し始め、俺に近付くように差し向けた」
僕の手を握る、彼の掌に、ぎゅっと力が入る。
「最初から、横領するのが目的で、用済みになった、早織を、そいつは、クスリ漬けにし、売春を強要させていた。もともと、早織は優しいから、心が壊れるなど、造作もない。だから、中毒になるまで、酒を煽り続けて。俺を逆恨みするようになって、そして、事務所に・・・ごめんな、ナオ。すまない」
一樹さんは、姉を心から愛してくれていた。
目から溢れるその涙に、嘘偽りはないもの。
「それで、姉さんは⁉」
「殺人未遂で、一旦、逮捕されたけど、それは、あくまで、元彼をおびき寄せるための口実で。保釈になった早織を迎えにきた所を逮捕された。そのあと、早織は保護されて、矯正施設に収容された」
「じゃあ、生きてる⁉」
「あぁ。面会できるまでしばらく時間はかかると思うが。それと、一度は槙家の姓を名乗ったからと、俺の父が、各方面に手を回してくれてーー早織が、社会復帰するまでは、槙家の身内として扱うって、佳名さんを説得してくれた」
「姉さんの為にそこまで・・・ありがとう、一樹さん」
「それで、代わりに条件を出されて」
「条件⁉」
「あぁ、それが・・・」
一樹さんの顔付きがなんだか怪しい。
もう、泣いてはいないようだけど。
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