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見えない影
「か、一樹さん!!」
びっくりして、バランスを崩し、ベットに倒れ込んだ。
「明日、これをつけていくね」
にっこり笑顔で、額やこめかみなど、しつこいくらい、あちこちに、口付けをいっぱいしてくれた。
「ちょっと、一樹さん‼」
熱を持ち始めた僕のに、彼の手がやんわりと触れてきた。
くすっと笑って、耳元で「少しいい⁉」って。
甘く囁かれてーー。
もう、それだけで、全身蕩けそうになった。
でも、出掛けるんじゃなかったの⁉
なんて、思っているうち、バタンと寝室のドアが荒々しく開いて、鏡さんが姿を現した。
「お取り込み中、大変失礼します。一樹さん、何時に出掛けると言いました⁉」
かなりご立腹みたい。
「六時・・・かな⁉」
「今、六時十分です。運転手をどれだけ待たせる気ですか」
「すみません」
一樹さん項垂れて、ゆっくりと体を起こした。
僕もベットから立ち上がった。
「ごめんなさい、鏡さん」
僕がちゃんと言えばよかったんだ。
「貴方には怒ってませんよ」
あれ⁉珍しい。なんか、言い方が優しいかも。
玄関先で身なりを整えて、彼のネクタイは、さっき僕がプレゼントしたもの。気が付いた鏡さんが、折角だからと交換してくれた。
鏡さん、僕には、気持ち悪いくらい優しくしてくれる。
だって、ネクタイの付け方まで教えてくれたんだもの。普通なら、こんなのも出来ないんですか⁉って、嫌味たっぷりに言うはずだし。
「いってらっしい」寂しい顔をみせたら、彼が心配すると思って、笑顔で見送った。
それなのに、すぐ戻ってきて、
「ちゃんと戸締りして、誰が来ても、絶対開けないように。なんかあったら、携帯に電話するように」
そう言って、行ってきますのキスを頬っぺたにしてくれた。
彼、案外、心配性なのかも。
鏡さん、呆れていたみたいだけど。
僕も、家に着いた時、誰かの視線を感じた事を言うのをすっかり忘れていた。
だって、気のせいだって、思っていたから。
でもーー。
ピンポーン!
彼が出掛けて、三十分くらい経過した頃、突然呼び鈴が鳴り響いた。
最初は、一樹さんかなって思ったけど。
ピンポーン!ピンポーン!ピンポーン!
立て続けに三回鳴って、ドンドンと、激しく扉を叩いたり、ガシャガシャと、ドアノブを開けようとする音がしてきて、流石に怖くなって、寝室へと逃げ込んだ。
一樹さん、助けて‼
そうだ、電話しないと。でも、手が震えて・・・なかなかボタンが押せない。
ピンポーン!ピンポーン!
鳴り響く呼び鈴に、見えない影に、この時、初めて恐怖を覚えた。
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