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鏡さんのほんとの思い
「今は、こうして、大勢の人がひまわりの花を見に訪れる観光地になっていますが、十年前は、空き地で、不法に投棄されたゴミの山と、背丈程の雑草が生い茂って、昼でも薄暗くて、気味悪がって誰も近寄らなかった」
鏡さんは、ひまわりの花たちを、まるで、我が子のように、愛おしそうに撫でていた。
彼のそんな姿を見るのは初めてで、驚いた。
「ーー夏のある日の朝。前日から行方不明になっていた、近所に住む、幼い女の子の絞殺体が発見された。すぐに、犯人は逮捕されたものの、地域に深い傷跡を残した。だから、その子の供養をするため、空き地を、その子が好きだったひまわり畑にする案が持ち上がってーー父と、槙先生とで、ここ一帯の土地を買い取り、地域の人たちや、ボランティアの力を借りて、毎年、少しずつ、増やしていったんだ。そして、その活動を通し、彼に出会った。名家の出ながら、誰にでも人当たりが良くて、それでいて、甘えん坊の寂しがり屋。何故か、ほっとけなくて、気付いたら、彼を愛している自分に気が付いた」
鏡さんが、僕に視線を向けてきた。
「分からない⁉その彼が誰だか⁉」
「えっ⁉」
だって、一人しかいないもの。
甘えん坊の寂しがり屋は・・・。
「・・・一樹さん・・・ですか⁉」
「そう。バカがつくぐらい、貴方を溺愛してやまない、一樹だよ」
今まで、彼を呼ぶときは、”さん”付けだった鏡さん。
こっちが、ほんとの呼び方だったんだ。
「早織さんと、上手く離婚して、付け入る隙があれば、彼を自分のものにしようと考えていたが、まさか、よりによって、彼女の弟を選ぶとは。どうして、自分じゃなく、こんな、子供なのか・・・苦しみ、悩んだ」
鏡さん、血を吐く思いで、苦しい胸のうちを明かしてくれた。
どう言葉を返していいか分からなくて。
呆然と、立ち尽くす僕に、彼は、何故か温かな眼差しを向けてくれた。
「短い間だったけど、貴方に会って、分かりました。純粋なその優しさで、家庭のあたたかさに飢えていた一樹を、丸ごと包み込んでくれたから、一樹は、貴方を好きになったんだと。だから、ナオ。鏡家当主として、貴方を、槙家の嫁として認めます。一樹の妻として、側にいることを許します」
「鏡さん、ありがとうございます‼僕、嬉しくて・・・すみません・・・」
涙が次から次に溢れ出てきた。
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