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3. 二つの色の狭間にて

 ユージンが案内したのは、海辺からほど近い場所にある、こじんまりとした店だった。観光客も少ないこの小さな島で、住民の食堂のような役割をしているのだろう。派手さはないが、どことなく居心地の良い雰囲気が漂っている。ユージンは常連なのだろうか、店主と気さくに会話を交わしていた。 「――――トオル」  不意に自分の名前が呼ばれた。店主がカウンターから出てきて、握手を求められる。陽気な印象の顔立ちをさらに輝かせて、なにやら楽しげにまくし立てているかと思えば、両手をがっしりと握り直し、その手の甲に口づけてきた。 「ニック!」  ユージンが店主に向かって咎めるように小さく声を上げ、握った手を離させた。ニックと呼ばれた店主は肩をすくめて透と目を合わせる。そのままにやりと笑いながらユージンの肩を叩き、カウンターの奥へと戻って行った。 「美味しい…!」  少々軽薄な店主の作る料理は、想像を遥かに上回る旨さだった。新鮮な海産物をこれでもかと贅沢に盛り込むことができるのは、海辺の街の特権だ。店主の気質を表しているかのように、バランスというものを全く無視した色とりどりの野菜が、かえってこちらの気分までも陽気にさせる。  いつの間にか点けられたテレビには、サッカーの試合が映し出されている。どうやらユージンは赤色、ニックは黄色のチームを応援しているようだ。前半三十分、赤色のチームが一点差で負けている。ユージンの声にも力がこもり、目の前の料理をすっかり忘れて画面に釘付けの状態だ。  綺麗に刈り揃えられた青い芝の上を、白いボールが一瞬で駆け抜ける。目が回るような速さで、赤と黄色の間を何度も折り返しながら進む。一度高く上がったボールは密集する色の間をすり抜け、赤の点に吸いつくようにして止まった。赤と白は一体となって、走る。走る、走る、走る―――――― 「やった……!」  無意識に止めていた息が、長く長く吐き出された。試合に夢中になっている間に客は増えており、歓喜の声を上げる者、落胆に肩を落とす者と、さまざまだ。ユージンも叫びながら拳を高く上げ、透のほうへ掌を向ける。  ぱしん、と小気味の良い音を立ててハイタッチをすると、ユージンはまるで子供に戻ったような、満面の笑顔を咲かせる。きっと自分も、同じような顔をしている。子供の頃は何がなくとも、こんな風に無邪気に笑っていたはずだ。それを懐かしく思うなんて、あの時には想像もしなかっただろう。  グラスを合わせ、二人で渋みの少ないワインを流し込む。再び息をのむ展開が繰り広げられ、店内の熱気は急上昇する。その熱に煽られるように、透は叫び、笑い、これまでにないほど高揚した気分に浸っていった。  *  ドアの閉まる音で、意識が突然呼び戻された。そう感じた次の瞬間には、上からかぶりつくように唇を塞がれていた。息をつく間もなく、角度を変えては吸い付かれ、苦しくなって目の前の身体にすがりつく。  あれから試合はますます白熱し、赤のチームの逆転勝利で幕を閉じた。悔しいが良い試合だったと言うかのように、店主は惜しみなく酒を振る舞い、客も誰彼構わずハイタッチやハグを繰り返した。気分はこれまでにないほど昂り、勧められるがままにグラスを合わせ、酒を呷ったことをぼんやりと思い出す。  熱に当てられて高まった感情は、まだ身体の中で燻っていた。  ユージンの白く大きな手が、透の身体を這っていく。唇を舐め上げながら、器用に服を剥いでいくのを感じる。素肌に触れたざらりとした感触に、そういえば砂浜にいたのだったと思い至る。 「シャワー……」  透の言葉が届いたのか、ユージンは軽く音を立てて口づけたあと、そのまま透を抱え上げ、シャワールームへ運んでいった。柔らかく生温い水が、二人の間に降り注ぐ。その間にも、ユージンは透の身体を優しく抱きしめ、顔中に口づけを落としていく。荒い吐息の音を聞くだけで、下腹がずくりと疼きだす。その反応を見逃さず、ユージンは透のたち上がりかけたそれにそっと触れた。 「んっ――」  ゆっくりと上下にしごかれ、それに合わせてどんどん息が上がっていく。それなのに、ユージンの舌は咥内を容赦なく動き回る。やっと解放されたかと思えば、壁に手をつくように身体を反転させられ、背後から再び刺激を与えられる。 「トオル……」  耳殻を食まれ、耳元で甘く囁かれると、ますます膝に力が入らなくなる。後ろの窄みに指先が触れるのを感じて、小さく身体を震わせる。長い指がゆっくりと侵入してくる感覚に、身体中が痺れてしまう。 「あぁっ――」  前と後ろの両方の快感に、透はあっけなく精を吐き出してしまった。力の抜けた身体がタオルで包み込まれ、再びベッドルームへと向かっていく。  ユージンは透の脚の間に身体を滑り込ませ、硬くなった自身を擦りつける。 「ユージン」  透が呼びかけると、ユージンはなぜか少し泣きそうな顔で微笑み、透の身体へ自身を沈めていった。目の前で、アクアグリーンの瞳が揺れる。その揺らぎを見つめながら、透はユージンの頬に手を添えて、そっと引き寄せる。 「キスして」  見開かれた瞳に、自分が映っているのが見える。それがどんな表情かを確かめる間もなく、口づけの海に溺れていく。揺さぶられて、中の熱を感じて、自分の存在をようやく確かめることができる。意識が遠のく中で、まるで繋ぎとめようとするかのように、彼の腕が透の身体をきつく抱きしめるのを感じた。

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