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皐月(4)

「ちゃんと受けれるやん、翼」  翔太は徐々に距離を広げ、投げてくる球も段々と強くなってくる。 「ちょ、アホ、これ以上強い球投げんなよ」  翼はそう言ったが、パシッ、パシッっと、ボールがグラブに飛び込む音はリズムよく続いていた。  こうして二人でキャッチボールをするのも、小学校以来だ。翔太の球を受けて、そして投げ返す。それだけの単純な動作が、楽しくて嬉しい。だけどほんの少し胸がキュンと締め付けられる。  ボールのやり取りをしながら、翼の頭の中に、これまで翔太と過ごしてきた景色が流れていた。  さっき通り過ぎた噴水で子供達が遊んでいたように、翔太と二人で靴を脱ぎ、ズボンをビショビショに濡らしながら遊んだ事。  真新しいランドセルを背負い、手を繋いで小学校に通った事。  少年野球の練習の後、寄り道をして商店街の串カツ屋で、本当は3本150円なのに、店のおばちゃんに頼んで2本100円で売ってもらって、食べながら帰った事。  近所の酒屋の裏の、ビール瓶ケースが積んである敷地内で隠れんぼをしていて、ケースを倒してこっぴどく怒られた事。  いつも一緒に屋台を巡った夏祭り。  真夜中に小学校のグラウンドの真ん中で、二人して寝そべって、ペルセウス流星群を見たのはいつのことだったっけ。  中学に入って、翼が野球部に入部せずに距離を取り始めてからは、お互いの付き合いを優先するようになり、行動を共にすることも少なくなったけれど。  あちこちに思い出があるこの街が好きで、いつも一緒だった翔太が大好きで。  だけど、翔太への翼の想う『好き』は、友達や幼馴染に対しての言葉ではない。  この異なる『好き』と『好き』の境界線は絶対越えてはいけないと、翼は自分に言い聞かせていた。  ずっとこのまま幼馴染の関係でいられるなら、それでいい。  そうすれば、これから先、卒業して進学して結婚して……お互いがそれぞれの道を歩んでいても、またいつか『久しぶりだな』と笑いあって、会える日は必ず訪れるはずだから。  会えない時間が増えたとしても、少し距離を置きながらでも、それでもずっと幼馴染でいられることが、一番幸せなのだと考えるようにしていた。  翔太への自分の気持ちを伝えることは、一生無いだろう。  言ってしまえば、この関係はきっと崩れてしまう。  男同士で気持ち悪いと思われてしまう。  翔太に嫌われてしまう。  もう二度と会えなくなってしまう。  それだけは絶対に避けたかった。

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