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皐月(5)

 太陽が西に傾きかける時間には、北の山側から下りてくる涼しい風が、木々の間を通り抜けていく。  この辺りは地形のせいか、南の海側から風が吹く時は、湿度の高い空気を運んでくるが、山側から吹く風は爽やかで心地よい。  だけどさっきまで、真夏のようだった暑さも和らいでいて、汗を掻いた肌にこの風は少し涼しすぎるくらいだ。 「なぁ、風邪ひくで……」  翼は困ったように呟く。だけど答えは返ってこずに、翔太の静かな寝息が聞こえていて、翼の言葉はただの独り言になってしまっていた。  キャッチボールをしている間に、段々本気になってきた翔太は、まずジャージの上着を脱いだ。  もうそろそろ帰ろうかという頃には、着ているTシャツが汗でぐっしょり濡れていた。  翔太は「ちょっとTシャツ着替える」と言って、翼の目の前で着替え始めた。  汗で濡れたTシャツを、潔く脱ぎ捨てると、鍛え抜かれたしなやかな上半身が惜しげもなく曝される。  汗を掻いたから着替えただけ。男同士なんだから、別に恥ずかしくなんてない。翔太にとっては当たり前のことだ。  だけど木漏れ日にキラキラと光りながら翔太の胸元を流れる汗を、翼は直視できずに、思わず目を逸らすしかなかった。  ——そして今、木の下に腰を降ろした翼の太腿の上には、ごろんと仰向けに横になった翔太の頭がある。  最初は翔太も座って、二人で他愛のない話をしていただけだった。  だけど突然翔太が、『ちょっと膝貸して』と言って翼の脚を枕代わりにしたのだ。 『ちょ、何しとぉ? 膝枕とかありえん』 『ちょっとだけ……休憩させて。合宿の間、あんまり寝てへんねん』 『いや、だから、こんな所で休憩せんで、()よ帰ろうな』  だけど翼がそう言った次の瞬間には、翔太は寝息を立て始めていた。 (ホンマに風邪ひくって……)  翼は溜め息をひとつ零し、自分の着ているパーカーを脱いで、翔太の肩に掛けてやろうとした。  その時、ポケットに入っている硬い重さが、地面に当たった鈍い音がする。 「あ……スマホ……」  翼はポケットからスマホを取り出して、カメラのアプリを起動させた。  目の前には、黒いまつ毛を伏せている翔太の顔がある——きりりとした眉。スッと通った鼻筋。  幼い頃から端正な顔立ちで、いつも目立っていた。  高校生になった今は、その頃よりももっと、精悍さが加わった。

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