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皐月(6)

(カメラ……持ってきたら良かったな……)  部活にも入っていない翼の趣味――それは今のところ父親から譲ってもらったカメラだった。被写体は翔太限定で。  それでいつも、翔太の試合を観に行っては遠くからその雄姿をファインダー越しに記録した。 (俺って、ちょっとストーカーっぽい)と、心の中で自嘲する。  スマホのフレームに翔太の寝顔を収めると、やけに彼の唇が間近にあるように感じた。  ――翔太の唇は、どんな感触なんだろう。  今なら触れられるかもしれない――――  そんな考えが頭をもたげる。  翼は、息を凝らしてそっと指を伸ばした。  スマホのフレームの中に、自分の指が入ってくる。少しずつ翔太の唇に近づく指先が微かに震えた。  もう少しで触れそうだったその瞬間、翔太が唇をキュッと結び、「んー」と、小さく声を漏らした。  翼は驚いて、咄嗟に手を引っ込めた。  だけど、また翔太は規則正しい寝息を立て始める。 (——びっ、びっくりしたー)  驚きすぎて、心臓がバクバクしている。  やっぱりこれは越えてはいけない線なのだ。もしかしたら神様ってやつがどこかで見ているのかもしれない。  幼馴染なら、唇に触れたいなんて思わない。ずっと今のままの関係でいたいのなら、こんな疾しい事を考えてはいけないのだ。  翼はそう自分に言い聞かせて、胸のドキドキを落ち着かせようと、大きく深呼吸をする。  もう一度改めてスマホを構え、フレーム内に翔太の寝顔を収める。 (隠し撮りくらいなら、神様も許してくれるやんな)  しかし、いざシャッターボタンに触れようとすると、また心臓が早鐘を打ち始める。  シャッターボタンを押したら、パシャッと音がして、翔太が起きてしまうんじゃないか……。  そう思ってしまうと、ボタンを押す事を躊躇してしまう。  翼は仕方なく、写真を撮るのを諦めて、翔太の身体に自分のパーカーをそっと掛けてやる。  しかし、ほんの僅かにパサっと音がした途端、翔太の瞼がゆっくりと開いた。  まだ寝ぼけているのか、少しボンヤリとした瞳と視線が絡んで、思わず翼は目を逸らした。 「こ、こんなとこで寝たら風邪ひくやろ。目ぇ覚めたんやったら帰るで」 「……悪い、俺、どれくらい寝てた?」  そう言いながら、翔太はむくりと起き上がる。 「さ、さぁ? 30分くらいかな」 「そんなに? ごめんな。もっと()よ起こしてくれたら良かったのに」 (人の気も知らんで、よう()うわ……)  立ち上がって、大きく伸びをする翔太の後ろの空が、夕日の光を受けて杏色に照り輝いていた。

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