8 / 198

水無月(2)

 坂が多い為に、学校の敷地も緩やかな斜面にあるので、校舎は校庭から階段を上った位置に作られている。  その階段は、校庭をL字型に囲っていて、球技大会や、体育祭の時は、生徒達の観覧席になる。  翼は、階段を途中まで下りて、L字型の端へ向かう。その先に正門があるのだ。  校庭では、テニス部と陸上部が練習をしていた。野球部はここでは練習していない。  校庭が狭い為に、グラウンドは少し離れた場所に、第二、第三グラウンドがある。  野球部は第二グラウンドを使って練習しているはずだった。  まだ本格的に降り始めたわけではないが、テニス部も陸上部も、片付け始めている。  こんな時はどうしても考えてしまう。 (……野球部はどうしているだろう。ちょっと覗きに行ってみようか……)  正門を出て、住宅街の中を少し歩くとまた長い階段がある。その階段を下りた所に第二グランドがある。  翼は階段を下りずに、上からグラウンドを見渡した。  小高い丘にある第二グラウンドは、背後に14階建てのマンションが2棟あり、前方には翼の住む街が一望できる。晴れていれば遠くに淡い青色をした海がきらきらと光っているのが見えるが、今日は全てが灰色にくすんでいた。  背の高いマンションと、後ろにある山のせいか、ここは普段でも風が強い。  海側から吹いてくる風に、時々翼のさしている折り畳み傘が煽られた。  グラウンドの隅の方で、1年生が用具を片付けているのが見える。  その他の部員は、グラウンド内でランニングをしていた。  野球部はいつも練習の最後は、クールダウンでグラウンドを何周か走り、この階段を上って、学校まで帰るのを一連の練習メニューにしている。  野球部独特のランニングの掛け声が、翼の立っている所まで聞こえてきていた。  翔太の姿はすぐに探せた。一人だけ黄色のウィンドブレーカーを着ているのが翔太だ。  表情までは分からないが、走る時のフォームや、ちょっとした癖なんかが、遠くからでもはっきりと分かる。  翼の目は、その姿を捉えたら、暫く逸らすことができなくなってしまう。  もう帰らなくては、野球部はこのまま階段を上がってきてしまう。  そう思うのに、ずっと見ていたい——という気持ちが、翼の足をその場に留めさせる。  ハッと気がついた時には、部員達はグラウンドを出て、階段の下まで来ていた。  翼は慌てて踵を返し、元来た道を戻ろうとする。  別に逃げる必要は無いと言えば無いのだが、学校から歩いて帰れる距離にある翼の家は、このグラウンドとは逆の方向だ。  もし翔太に見つかったら、なんて理由を言えばいいのか分からなかった。

ともだちにシェアしよう!