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水無月(3)

 だけど早足で歩いていても、後ろから聞こえてくる掛け声と足音は段々と近づいてくる。  学校へ戻る道は一本で、横に逸れたりできる路地もない。  走ってしまおうか……とも思ったけれど、もう多分先頭を走っている部員は翼の後ろ姿を捉えているはずで……、ここで逃げると余計に変な風にとられそうな気がした。 (や、やばい……)  しかも翔太は、先頭を走っている主将の水野のすぐ後ろにいた。  でも傘をさしているから、もしかしたら自分だと気が付かずに通り過ぎるかもしれない。  それならこのまま後ろを振り向かずにダッシュしたら逃げきれるんじゃ……。  ——走るか……。それとも通り過ぎるのを待つか。  ぐるぐる考えている間にも、近づいてくる足音と同じくらいに翼の胸の鼓動が大きく鳴りはじめる。  先頭の水野が翼のすぐ横を通り過ぎる。  その瞬間だった。  ヒュッと吹き抜けた強い風に煽られて、折りたたみ傘の骨の繋ぎ目が外向きに折れて、傘が捲れ上がってしまう。 「う、わ……」  小さく声を漏らしたその時、風に煽られた傘の重みがふわっと軽くなった。 「翼?」 「あ、あぁ、翔太……」  風に煽られた傘の端を、飛ばされないように翔太が掴んでいたのだ。 「何してんの? こんな所で」 (何って、何て答えればええのか分からんちゅーの!) 「え?……へへへ」  翼は、咄嗟に変な笑い声を出して誤魔化すしかなかった。 「何笑っとーねん。変なやつ」  そんな会話をしている間にも、野球部の集団が二人を追い越していく。 「は、()よ行けや。置いてかれるで?」 「何? もしかして雨降ってるから迎えに来てくれたん?」 「あ、アホなこと()うな。んなわけないやろ」 「ほな、ちょっと入れってって」  翔太は構わず、傘の柄を握っている翼の手の上に大きな手を重ね、グイッと上に持ち上げると、頭を傘の下に強引に入れてきた。 「ち、ちゃうって、()うてんのに……!」 (——そんな事されたら……)  ありえないくらいに顔が熱くなり、翼はふいっと視線を横に逸らした。  その時、「ピューッ!」と、指笛の音が聞こえてきた。  通り過ぎて行った野球部の集団が、立ち止まってこちらを見ている。 「お熱いねお二人さん、相合傘かいな!」  軽い調子でそう叫んだのは、主将の水野だ。指笛を鳴らしたのも多分彼だろう。 「うっさい(煩い)わ! 悪い、先、行っといて」  翔太は笑いながら、そう返した。 「ちょ、何言うとぉの。俺、別に翔太を迎えにきたんちゃうで?」  翼は慌ててそう言ったが、翔太はニコっと白い歯を見せて、翼の手から傘を取り上げる。 「どうせ学校までの道、帰んのやろ? なら入れてって。ピッチャーは肩冷やしたらあかんしな」

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