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水無月(4)
「部室棟の前に集合やからなー」
水野が翔太に向かってそう叫ぶ。
翔太は、それに手を上げて応えた。
水野が前を向いて走り始めると、部員達もそれに続いて、野球部独特の掛け声が再開される。
「ランニングさぼりたかっただけなんちゃうん?」
部員達の姿が遠くなっていくのを見送りながら、翼はわざとからうようにそう言った。
折りたたみの傘は、高校生の男子が二人で入るには小さすぎる。
お互いの腕がぴったりとくっついてしまう。冗談でも言っていないと、翔太の顔を見る事もできなかった。
「いつも真面目にやってるから、ええねん」
「……ふーん」
「おい、もっとこっち寄り……。肩が濡れるやろ」
さりげなく距離を空けようとしているのを、翔太が気付いて、グイッと肩を引き寄せられた。
「ちょ、そんな、せんでも大丈夫やって!」
ふわりと翔太の匂いが翼を包む。翼よりも頭ひとつ背の高い翔太の呼気を間近に感じて、ドキドキが止まらない。
(アカン! こんなん、学校着くまでに俺死んでまう!)
それにさっきから、自分の手の置き場に困っていた。
肩を抱き寄せられて、触れ合っている方の腕は自然に翔太の脇の下から背中の方に回ってしまっているのだが……。
(位置的には、翔太の腰に腕を回すと歩きやすい感じやど……。そんなん、ムリや! ムリムリ!)
「翼、さっきから何キョドッとぉ?」
「あぁ? 別にキョドッてなんかないわ!」
そうは言ったものの、翼の手は翔太の後ろで宙に浮いたまま。
身体の変なところに力が入ってしまい、歩き方もどことなくぎこちない。
自分はこんなにドキドキしてるのに、翔太はこんな事、なんとも思わないんだろうか。
よく考えてみれば、同じクラスの瑛吾や健とは、ふざけてこんな風に肩を組んだりする事もある。
そんな時は、こんなにドキドキしたりしない。これは翔太限定のドキドキなのだ。
それは翼が翔太に対して、友達とは違う感情を持っているからで。
でも翔太が平気でいられるのは、翼が瑛吾や健へ対する接し方と同じなわけで。
——翔太は、友達以外の感情を俺に向けることは決して無い。これから先もずっと。
いつからだろう。翔太のことを友達とは違う好きという感情に気づいたのは。
翔太が好きだ。でもそれは絶対に言えない言葉だ。
これは届かない想いなのだ。
分かっていたつもりでも、改めて実感してしまうと、胸の奥がツンと痛んだ。
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