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水無月(5)
「なぁ? 体育祭のクラス対抗リレー出るんやろ?」
翼のそんな想いに気づく筈もない翔太が聞いてくる。
「あ、あぁ……出るで。走るくらいしか取り柄ないし。でも最近運動してへんからなー。転ばんように気ぃつけるわ」
翼は無理やりに笑顔をつくり、わざと冗談のような口調でそう返した。
普段から明るく振る舞う翼だから、その奥に隠された想いに、きっと翔太は気付かない。
「そっか、俺も出るでリレー。勝負やな」
「え? 翔太もリレー出るん? そんなん、野球部のエースで4番打つような奴に、俺みたいな帰宅部が敵うわけないやん」
「何言うとぉ。小学生の頃から走るのは翼に勝てた事ないやん」
「そんなん、昔の話や……」
翼は、ポツリとそう返した。
子供の頃は、よく翔太と駆けっこの勝負をした。あの頃は、スポーツ万能の翔太に置いていかれないようにと頑張っていた。
あのまま自分も野球を続けていたら……と、思う事もあるけれど。
でも、自分よりも野球の上手い人は他にいっぱいいる。そういう奴らの方が翔太と一緒にいる時間は長くなる。
例えば……投手の女房役であるキャッチャーとか。
そういうのを傍で見ているのが、なんとなく辛くなってしまった。
そんな事を考える自分が、翼は一番嫌だったのだ。
先ほどよりも雨が強く降りはじめた。
翼が黙り込んでしまうと、元々は口数の少ない翔太も何も言ってこない。
大粒の雨の傘を叩く音だけが、やけに大きく聞こえているような気がする。たったこれだけの、ちょっとした沈黙にも翼は居た堪れなくなってしまう。
「あー、翔太さえおらんかったら、俺が一番になって、女の子にモテモテになったかもしれんのになー」
だからまた、思ってもいない事を面白おかしく言ってしまう。
「翼は、そんなんで一番にならんでも、いつも女の子に人気あるやん。特に上級生には、よう可愛がられてたやろ?」
「……へ? 俺、そんなん知らんで……?」
身に覚えのない翼は、驚いて翔太を見上げた。
だけど、翔太は真っ直ぐ前を向き、遠くの何かを見つめている。
そして、『なんやそれ?』と続けるつもりだった翼の言葉は、遠くから聞こえてきた誰かの声に阻まれてしまった。
「柏木くんー!」
翼も、声のする方へ視線を向けた。
もう学校は直ぐそこに見えていて、正門の前にポニーテールに髪を結んだジャージ姿の女生徒が、傘をさして立っていた。
野球部のマネージャーの、相田 由美だ。
手にはもう一本男物の傘を持っていて、彼女はこちらへ駆け寄ってくる。
「——雨が強くなってきたから……」
目の前まで走ってきた相田は、息を切らしながらそう言って、翔太に傘を差し出した。
「あ、あぁ、サンキュ」
翔太は持っていた傘を翼へ返し、かわりに相田の差し出している傘を受け取った。
「水野くんが、ミーティングするから早よ来いって」
「そうか……」と言って相田に頷くと、翔太は翼を振り返る。
「ほな翼、俺行くわ。気ぃつけて帰れよ」
「あ……あぁ。またな」
並んで学校へ戻って行く二つの傘を一瞥して、翼も自分の家の方向へ歩き出した。
「……寒……っ」
翼は小さく言葉を零し、右肩を摩った。
さっきまで熱いくらいだった翔太とくっついていた右肩が、今はやけに寒くてスースーしているように感じた。
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