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水無月(7)
入場門前の集合場所には、もう既に各クラスの選手達が集まっていた。
グラウンド内では、一年生のレースが始まろうとしている。
一年が終わると、次はニ年。そしてラストが翼達三年生の番だ。
クラス対抗リレーは、男女混合10人のチームで走る。
スターターピストルの音と同時に、各クラスの応援の声がいっせに上がる。
それぞれ足に自信のある選手を揃えているだけあって、薄っすらと砂埃を立てながら、全力疾走していく様は見ているだけでも爽快だ。
時々、バトンタッチミスや、コーナーで転倒する者が出るのもリレーの面白さかもしれない。
(あー、俺、絶対転びそうな気がする……)
一年がコーナーで転倒している様子を見ていた翼は、自分も同じようになるんじゃないかと段々不安になってくる。
なんだかんだ言っても、毎年リレーの選手に選ばれてしまう翼だが、なかなかこの緊張に慣れることが出来ないでいる。
(しかも……今年はアンカーやし……)
たかが体育祭だと思うけれど、やはり責任を感じてしまう。
「翼!」
緊張で胸がキューっと苦しくなりそうなところに、知った声に呼ばれて、翼は大袈裟なくらいに、ビクンと身体を跳ねさせた。
「何ビクッとぉ。緊張してんのか?」
「な、なんや翔太……急に声かけられたら誰だってビックリするやん」
翔太は青いハチマキをしている。陽に焼けた肌にその青が凄く爽やかでカッコ良くて、急激にドキドキが激しくなった胸の辺りの体操服を、翼は両手でギュッと掴んだ。
「翼は、昔から緊張しぃやったからな」
野球の試合の時も、よう緊張してたよな。と翔太はニヤニヤと笑いながら、翼の背中をポンポンと叩く。
「し、知ってんのやったら緊張してんのかとか、聞くなや」
翔太は昔から、野球の試合の前などに、いつもこうして背中をポンポンと叩く。
それが試合前の儀式みたいになっていた事を、翼は思い出していた。
こうしてもらうと、何故か翼は気持ちが落ち着く。
もしかしたら、翔太は翼が緊張しているのを分かっていて、いつもこうしてくれていたのかもしれない。
「今年は二人ともアンカーやから、久しぶりに勝負できるな」
「だから! 勝負になんかなれへんて! 翔太が勝つに決まってるやん」
毎年、翔太もリレーの選手に選ばれるが、二人ともアンカーを走るのは初めてだった。
「勝った方がジュース奢るってのはどうや?」
プイッと横を向いた翼の顔を覗き込んで、翔太がそう聞いてくる。
「アイス……」
翼は横に目を逸らしたまま、小さい声でそう応える。
「え?」
声が小さすぎて聞き取れなかった翔太が、更に顔を近づけてくる。
「あ、アイス! アイスやったら勝負受けたる!」
翔太が顔を近づけてくるのは、別に何でもない事で、自分だけが無駄に意識をしてしまう。
それがすごく恥ずかしくて、翼は今度は大きな声でそう答えた。
「アイス? 分かった。ソーダやな」
「う、うん」
(こいつ、俺がソーダアイス好きなこと、まだ覚えてたんか……)
そう思うと、また胸の中がキュンとする。
「ほな、お互い頑張ろな」
また翔太が、翼の背中をポンポンと軽く叩いた。
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