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文月(1)

 ————文月   地方大会初戦の日、午前中は先週末に行われた模試の『模試振り返り』という名の、あまり有り難くない授業があった。  試合は11時30分から。  地下鉄の駅を降りたらすぐの球場だ。学校からは1時間もかからない。  翼は、SHRが始まる前には、鞄の中に筆記用具も何もかも全て詰め込んで、チャイムが鳴ればダッシュで教室を出ようと思っていた。 「なぁ、帰りカラオケ行かね?」  前に座っている瑛吾が小声で、コソコソと話しかけてくる。  期末も模試も終わり、授業も短縮で、三者面談で学校に来ないと行けない日はあるが、もう明日から夏休みに入ったも同じた。  なんとなく解放感が生徒達の間に漂っている。  受験生でも、たまには遊びたいし、騒ぎたい。  こそっと肩越しに後ろに顔を向けた瑛吾は、もちろん翼も、同じ気持ちのはずだから、いつもの調子で「行く! 行く!」と、乗り気で返してくるだろう? とでも言いたげな表情をしている。  だけど、翼はもちろん、即座に断った。 「いや……俺、ちょっと用事ある」 「ええっ? なんで?!」  期待通りの答えが返ってこないことに驚いて、瑛吾はつい大声を出してしまった。  クラス中がいっせいに振り向いて、二人は注目を浴びてしまう。 「こら、そこ! ちゃんと話聞いてたか?」 「はい、はーい! ちゃんと聞いてます! 三者面談の事っすよね? ね?」  軽い調子で答えた瑛吾に、クラスの生徒達がクスクス笑う中、担任が呆れた顔で瑛吾の席まで歩いてきた。 「アホ、その話はとっくに終わってるわ」  そう言って、頭をポンと軽く叩く。 「え? そうでした? すんませーん」 「こらっ、ふざけてばっかりしてたら、あかんぞ。分かってんのか? これからは気持ちを引き締めてだな……」  担任の説教が始まりそうだ。  そんな中、終わりを知らせるチャイムが鳴り始める。  翼は反射的に、鞄を持って立ち上がる。ガタンと椅子を引く音が鳴った。 「青野! こら、話はまだ終わってへんで?」  最初は、瑛吾の態度に少々呆れただけだった担任をどうやら本気で怒らせてしまったらしい。 (あちゃー。しまったー)  後悔したが遅かった。  担任の小言は、それから10分以上続くことになり、チャイムと同時に教室を飛び出すはずの翼の計画は、大きく狂ってしまった。

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