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文月(2)

******  地下鉄の駅は、学校からは徒歩だとかなり距離がある。だけど翼の家の近くの、螺旋階段の歩道橋のある私鉄駅まで戻るよりは、地下鉄の駅に向かう方が早い。 (あぁー、先生のお説教で時間食ってもた!)  やっと解放されて、翼は一目散に教室を飛び出した。  後ろから、翼を呼ぶ瑛吾の声が聞こえてきたけれど、足を止める余裕はなかった。 (ごめん! 瑛吾!)  心の中で謝りながら、下駄箱で靴を履き替え、自転車置き場に向かう。  この辺りは坂道が多いので、普段は自転車に乗ることはあまり無い。  だけど、少しでも試合を観たい翼は、学校から地下鉄の駅へは下り坂だからと今日は自転車で登校していたのだ。 (うまくいけば、7回表くらいには間に合うはずだ)  翼はギアを変えて腰を浮かせ、ペダルを踏む足に力を入れる。  交通量の多い道路の端に設けられた自転車専用通行帯を、猛スピードで下っていく。  時々市バスの停車に阻まれたりしながらも、無事に駅近くの有料駐輪場にたどり着いた。  自転車に鍵を掛けるのも、もどかしく、翼は駅へ向かい、改札を通り抜けて、下りのエスカレーターを走って下りる。  ちょうどホームに着いたばかりの電車から降りてくる人の波にぶつかってしまったが、なんとかドアが閉まる前に電車に乗り込む事ができた。  閉じたドアに背中を預けると、両足から力が抜けて座り込みそうになる。  ハァハァと吐く荒い息は、暫く治らなかった。  ズシリと重い鞄を抱え直し、翼は息を整える。  鞄の中には、今日は教科書なんて入っていない。  入っているのは、カメラと撮影機材。  ——今年は、高校生活最後の夏やって、良樹が主将になってから張り切ってるからな……。  翔太はそう言っていたが、キャッチャーで主将である、水野良樹(みずの よしき)が張り切るのも分かる。  夏の全国高校野球大会。100回記念の今年は、兵庫県の出場校にとって特別の年なのだ。  毎年、兵庫県大会に出場する高校は、160校を超える。  甲子園へのキップを掴むには、春季大会でシードを取っても7試合を勝ち抜かなければならない。  ましてや、ノーシード校は8試合を戦ってやっと手にすることができる。  兵庫県は全国でも激戦区と言われているのだ。  だけど100回記念の今年は、東兵庫、西兵庫と2地区に分けて開催される。  兵庫県から2校が甲子園のキップを手にすることができるという事だ。 (だからと言って、うちの弱小チームが甲子園に行ける確率は、限りなくゼロなんだけど……)  入学してから、1年の時も、2年の時も、翼の高校の野球部は初戦敗退だった。  翔太が野球部に入るまでは、部員数もギリギリだったのだ。

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