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文月(3)
少しずつ部員が増え始めたのは、翔太が入部して暫くしてからだった。
右投げ左打ちで、誰が見ても野球センスは群を抜いていて、小学校の頃から注目を集めていた。
そもそも翔太は、何故自分と同じ高校を受験したのか、翼は不思議に思う。
中学の時も、市内の高校の野球推薦の話もあったし、確実に甲子園を狙える地方の高校からの誘いもあったと、翔太の母親と翼の母親が話していたのを聞いたことがある。
それに翼と翔太が通う夢原高校は、約8割以上の生徒が大学進学を目指し、そのうちの1割程度は、いわゆる難関大学を受験し合格しているらしいが、生徒達は「なんちゃって進学校」と、自分達で言っている。
偏差値で言えば、中の上くらいだろう。
だが、翔太の成績なら少なくとも、もう1ランク上の高校に行けたはずだった。
スポーツ推薦も受けず、実力よりも下の高校に通っている。
翼は、そのことが不思議でならなかった。もしも甲子園を狙えるような高校に進んでいれば……。
今のような弱小チームで、地方大会初戦敗退なんてことはなかったはずだったのに。
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試合が行われている球場は、地下鉄を降りてすぐ。総合運動公園内にある。
プロが本拠地として使っている球場で、内外野の天然芝が快晴の青空と調和して美しい。
だけど初戦ということもあるが、思っていた通り、ブラスバンドの演奏で賑やかな相手チームの応援席に比べ、こちらのスタンドは人も疎ら。
ベンチ入りできなかった野球部員と、その家族や友達が、ちらほら応援しているくらい。
試合はもう8回表。相手チームの攻撃だ。
スコアボードに表示されている0対2の数字。
(翔太達が勝ってる!)
ああ、どんな攻撃だったんだろう。点を取った瞬間を観れなかったことが悔やまれる。
翼は空いている席に座り、早速カメラをセットして、撮影の準備を始めた。
もしこの回と9回の表で、相手チームに点が入らなければ、翔太達の攻撃はこの回が最後になってしまう。
それは嬉しいことのはずなのに、もう翔太に打順が回ってこないんじゃないかと思うと、もっと観ていたいという気持ちでいっぱいになっていた。
(何考えとぉねん俺……勝ったら次の試合を最初から観れるやん……)
そう思い直して、無意識に相手チームが追い付いたら……なんてことを考えていたことに自嘲した。
「……あれ? 翼くん?」
その時、後ろから自分の名を呼ぶ女性の声が聞こえてきて、翼は驚いて飛び上がるようにして振り向いた。
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