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文月(4)
「やっぱり翼くんや!」
(げっ! 翔太のおばちゃん!)
そこに立っていたのは、翔太の母親の咲子だった。
中学までは、他の母親達と一緒に、よく応援に来ていたけれど、高校に入ってからは見かけなくなったので、油断していた。
「久しぶりやね! 応援しに来てくれたん?」
「はいっ、今年で最後やしと思って……」
翼は、セッティングしたカメラを自分の身体の後ろへ、さり気なく隠す。
わざわざ写真を撮りに来たことを知られるのは、気恥ずかしい。
「あら? カメラ! 随分本格的やねぇ?」
しかし咲子に呆気なく見つけられてしまった。
「翼くんて写真部? あ、それとも新聞部? そうや新聞部やね?! 今日の試合の取材してるとか?」
「え? えーと、まぁ、そんなとこです」
それは翼にとっては、願ってもない誤解だった。
このまま誤解を解かないようにしていれば、翼は堂々と翔太の写真を撮ることが出来る。
「ホンマぁ。ほな、翔太が打ったとこも撮ってくれたん?」
「え? 翔太が打ったんですか? 俺、今来たばっかりで。あ、あの、あの2点、翔太が? どんな場面やったんですか?」
咲子が新聞部と誤解してくれているならと、翼は急いで鞄の中からメモを取り出して、ここぞとばかりに質問をする。
「うん、7回にね。三塁打やったの! その時ランナーが三塁にいてね! それで1点。で、次の水野くんもヒットを打って翔太がホームに帰って2点目!」
普段は無口で、どちらかと言えば、ぶっきらぼうな喋り方をする翔太に比べて、咲子は天真爛漫で話し出すと止まらないところがある。
ひとこと質問すれば、嬉しそうに息子の活躍ぶりを話してくれた。
「それまではね、投手戦で、どちらもノーヒットノーランやったんよ」
「――えっ?」
翼は驚きの声を上げて、マウンド上の翔太を見た。
ちょうど翔太は腕を上げ、ゆっくりと投球の動作にはいるところだった。
腕、肩、腰、足と、それぞれが動き、ひとつの美しい流れを作っていく。
そして長身から繰り出される威力のあるボールが、翔太の指先から放たれる。
ボールをキャッチャーのミットの芯で捕らえた音が、パーンと響いた。
「今も、まだノーヒットノーランなんですか?」
「そう! まだ打たれてないよ」
(――凄い! 翔太!)
急に胸がドキドキしてくる。これは気持ちが高揚しているドキドキだ。
翼は、メモを座席に放り投げ、セッティングしたカメラのファインダーを覗いた。
(ああ、間に合って良かった)
7回裏の翔太のスリーベースを観れなかったのは残念だけど、ノーヒットノーラン達成の瞬間をファインダーの中に切り取ることが出来るかもしれないのだ。
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