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文月(5)

 マウンドの翔太は、ここから見る限りではいつもと変わらない。落ち着いた表情をしている。  サインも、すんなり決まって投球フォームに入る。  ストレートに近い軌道から打者の手前で変化するスライダーに、バッターの体勢が崩れて空振り。  これでツーナッシングだ。  最後は、剛速球のストレート。翔太のストレートはスピンが利いているから手元でぐんと伸びる感じがする。タイミングを外したバッターはまた大きく空振った。  三球三振だ。危なげなくワンアウト。  翼は翔太が投げるたびにシャッターを切りまくった。 「ね? ね? カッコええよね! 翔太」  後ろから咲子の弾んだ声が聞こえてくる。 「やばい、めっちゃカッコええ」  咲子につられて、翼も自然にそう口に出していた。 (あ……)  思わず口走ってしまったことにすぐ気が付いて、手で口を押えた。だけど咲子も興奮しているから、気にしている様子は、全くない。 「ね、ね、ちゃんとカッコよく撮ってね! 写真!」 「分かってる、分かってる!」  いつの間にか、咲子と翼は、まるで友達同士のようにはしゃぎながら、翔太に声援をおくっていた。  続くバッターは、内野ゴロ。難なく捌いて、ツーアウト。  最後は打ち上げてキャッチャーフライだった。  この回も相手チームは、三者凡退で終わる。  そうなると、こちらの応援席は、否が応でも期待してしまう。  あと一回で、ノーヒットノーラン達成だと。  そうじゃない、違うんだ。翼は否定するように首を振った。  ノーヒットノーランが目標じゃない。この試合に勝つことが最優先の目標なのだ――――。  8回裏、夢原高校の攻撃は、7番からの下位打線。  相手チームのピッチャーも、翔太に打たれるまではノーヒットノーランだったのだ。  点を取られても焦ることなく、『ここで終わらせない』という気持ちを込めて投げる迫力が伝わってきた。  それはピッチャーだけじゃなかった。チーム全体から感じる『諦めない』気持ち。  キャッチャーも、内外野からも、みんなが声を出して、マウンドの投手を支えている。  夢原高校もこの回は三者凡退で終わり、いよいよ9回表。  ここで、相手チームが点を入れなければ、翔太達は二回戦に勝ち進めるのだ。

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