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文月(8)

 ******  翌日の地方紙には、夢原高校ノーヒットノーラン達成の記事と、翔太の写真が掲載された。  毎年初戦敗退していた無名校だけに、その活躍が大きくクローズアップされていた。  これできっと柏木翔太(かしわぎ しょうた)の名前も有名になり、学校も野球部の試合に無関心ではいられなくなるだろうなと予想はしていた。  案の定、三者面談の最後に、担任は一枚のプリントと共にその話題を持ち出した。  一学期の終業式の日までに生徒が学校に来るのは、もうこの三者面談の時しか無いからだ。 「時間があったら、是非応援に行ってください」  プリントには、試合会場の場所への案内と、開始時間が書かれていた。 「翔太くんは、すごいわねぇ」  教室を出て、昇降口で靴に履き替えながら、翼の母章子(あきこ)は溜め息混じりにそう言った。履いていたスリッパを巾着袋に入れて紐をキュッと力を入れて引いてから、翼を睨む。 「あんたも、もうちょっと頑張ってくれないと」 「分かってるって」  母が不機嫌なのは、面談の時に担任から渡された成績表のせいだ。  ご丁寧に模試の結果や学年順位表まで渡されて、担任は、翼の日頃の授業態度まで事細かく説明してくれた。 「授業中に居眠りするとかありえへん」 「もうしません」 「当たり前やろ」  正直なところ、この時期になってもまだ、翼には受験に対して現実味が湧いてこない。  高校受験がやっと終わり、入学したと思えば、すぐに今度は大学受験へ向けての対策に沿った授業が始まり、なんとなく受験するんだという空気に流されていた。  将来やりたいことも、大学に行って何を勉強したいのかも、今の時点ではまったく見えてこないというのが、翼の本音だった。 「いつも夜遅くまで起きてるけど、ホンマはゲームばっかりしてるんちゃうの?」 「そんな、してへんよ」 「ほな、夏休みの間はスマホ禁止な」 「なんで! スマホ無かったら友達と連絡できへんやん」 「連絡なんか、家の電話でしたらええやん」 「それは無理! 無理や」  言い合いながら外へ出ると、暑い陽射しと蒸し蒸しとした空気が纏わりついてくる。  梅雨が明けるまではまだ数日かかりそうだ。  グラウンドでは、いつものようにテニス部と陸上部が練習をしている。  今日も第二グラウンドでは、翔太達野球部も、この蒸し暑い空気の中頑張っているんだろうな。  そう思いながら、翼は章子の少し後ろをついて歩く。 「ホンマに……自分のことやねんから、ちゃんとしいよ」  章子は日傘を広げながら、ポツリと呟くように言葉を零して、それからは家に着くまでは何一つ喋らなかった。

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