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文月(9)

 ******  朝から厚い雲に覆われた雨曇りの空の下、夏の高校野球地方大会、二回戦。翔太達の試合が行われた。  今日の試合が行われる球場は、翼の家の近くの螺旋階段の歩道橋がある私鉄の駅から準急で約一時間。  車窓から見える景色は、だんだんと緑が多くなり、山の中を走り、いくつものトンネルを抜けていく。  終点が近づくにつれて、その緑が急に開けて街が見えてくる。  近郊の大都市へのアクセスが便利という、うたい文句で、新しい住宅地が広がったベッドタウンだ。  最寄駅から球場までは、徒歩で30分くらい。バスだと10分くらいで行けるが、本数が少ない上に今日は試合があるせいかバス停でかなりの人が並んでいた。 (バスは諦めて、歩いて行くか……)  家を出た時よりも、空の雲の色が濃く重くなってきている。  試合が終わるまでこの天気が持つかどうか、かなり怪しい。  球場に着くまでに、もうすでにポツポツと、時々冷たい水滴が顔に落ちてきていた。  翼がスタンドに行って、一番びっくりしたのは、観戦者の人数だ。 「すげえ、めちゃ混み」  相手チームの応援が多いのはいつもの事だが、夢原高校の応援席がぎっしりと埋まっているのを見たのは今日が初めてだ。しかも今日は吹奏楽部も来ている。  さすが、三者面談の時に生徒一人一人に声をかけただけの事はある。  市営の小さめな球場でメインスタンドしかないし、ぱっと見ただけでは、空いている席もない。  翼は仕方なく、一番後ろで立って観ることにした。  あちらこちらで知った顔も見える。 (今日は写真撮れないかもな……)  鞄の中からカメラを出そうとした手を止め、代わりに合羽を取り出した。  いつ降り出してもおかしくない天気だ。ここの球場のスタンドには雨除けになる屋根も無い。 「柏木くん、こないだの試合でノーヒットノーランやったんよね?」 「そうそう、新聞載ってたよ! かっこええよね」  前に座っている女子達の会話が聞こえてくる。  そういえば、全体的に女生徒の方が多いのは気のせいだろうか。 (まぁ、アイツは昔からモテてたしな)  でもこれからは、今までよりもモテるに違いないだろう。  できるなら、彼女とか作るのは、大学に行ってからにしてほしい。  高校在学中に目の前で付き合われるよりも、自分の知らないところで付き合ってくれた方がいい。  それなら我慢できる……。  中学の頃、翔太と付き合ってるんじゃないかと噂のある女の子がいた。  確かに翔太とその子は仲が良かったし、彼女だとしてもおかしくなかった。  一度冗談めかして、翔太に聞いたことはある。 『おまえ、あの子と付き合ってんの? どこまでいった?』 『アホか、そんなんとちゃうわ』  翔太はその時は、そう言っていたけれど。本当かどうかは、分からない。 「あっ! 出てきたよ! 柏木くーん!」  前に座っている女子達の声で、翼は視線を前に向ける。  マウンドには、投球練習をする翔太の姿があった。  いよいよ、試合開始だ。

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