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文月(10)
相手チームは選抜高校野球で甲子園ベスト4のシード校。
夢原高校は毎回ランナーは出るものの、なかなか得点には繋がらない。
それは向こうも同じで、両チーム無得点のまま、試合は進んでいた。
細かい雨粒が音も立てずに降り続き、グラウンドの状態も悪くなっているのが遠目でも分かる。
スタンドの応援席も、みんな合羽やポンチョを着て声援を送っている。
試合が動いたのは、7回表。相手チームの攻撃の時だった。
この回の相手チームの打順は一番から。
一球目ボール。二球目を空振りした後の三球目。
内野の守備は定位置だった。
翔太が投げる瞬間、打者はヒッティングの構えからセーフティバントに切り替えた。
上手く勢いを殺した球が三塁線際の雨でぬかるんだところで止まってしまう。
しかも一番バッターだ。足が速い。
サードが拾い、すぐに送球したが、ぎりぎりのところで打者は一塁ベースを駆け抜けた。
あちこちから上がる叫び声や溜め息。
ノーアウト一塁。
続くバッターは送りバントの構え。
翔太は一球目一塁をけん制する。
(ランナーのリードが大きい……)
翼が心配した通り、次の投球と同時にランナーが走る。そして打者は送りバントの構えからヒッティングの構えに。
「ああっ! バスターエンドラン?!」
冷やりとして、思わず叫んでしまう翼。
しかしバットは空振った。
キャッチャーの水野が素早く立ち上がり二塁に送球。だが間に合わない。
相手チームの応援席が盛り上がる。
ノーアウトでランナーが得点圏に進んでしまった。
観ているだけでも、緊張が高まってくる。
「ファーボール!」
主審の声にスタンドが騒めいた。
粘ったバッターがファーボールを選び、ノーアウトでランナーは、一二塁。
制球力のある翔太がファーボールを出すのは珍しい。
決して強くはないが、降り続く雨に、指先も滑ってしまうのだろう。
タイムを取った水野がマウンドに駆け寄っていく。
『悪条件は、相手も同じや。そんなん言い訳にもなれへん』
翔太なら、そう言いそうだと翼は思った。
翔太の球数は、100球前後に達しているはずだ。
疲れや集中力の低下から球速や制球力が落ちやすいのが、7回のイニングだと言われている。
しかもこの雨。
選手層の厚い相手チームに比べ、こちらは、まだ経験の浅い1年生の控え投手が一人いるだけだ。
ここでピッチャー交代はありえない。
(がんばれ――)
ただ祈るだけしか出来ない事がもどかしい。
しかし祈りも虚しく、次のバッターのライナー性の当たりを、ショートがグラブの先で弾いてしまう。
もたついている間に、ランナーは二三塁に進み、一塁もセーフ。
ツキは完全に相手チームに傾いていた。
まさかのノーアウト満塁で、次のバッターは、4番。相手チームの主砲だ。
ここにきて急に雨が強くなった気がする。合羽を打つパラパラという音が大きくなってきた。
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