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文月(11)

「ちょっとー、これヤバイんとちゃう?」 「もう見てられへんー」 「あーあ、やっぱり無理かぁ。相手は甲子園まで行ってるもんな」  前の席にいる女子達の諦めの声しか聞こえてこない。  相手チームの応援は最高潮で、こちらの応援の声なんて掻き消されてしまう。  4番打者は、甲子園でもホームランを打っている三年生だ。  背も高く、鍛えぬかれた体に威圧感を覚える。  素振りをするだけで、スイングの音がここまで聞こえてきそうだ。  だけど翔太だって負けてはいないと、翼は思う。  あの4番を、翔太はここまでフライと三振で討ち取っている。 (この回だってきっと……)  確かに、ヒットでもフライでも、点を取られてしまう。  だけど、ノーアウト満塁は意外に点が取りにくい。  満塁だと攻撃のパターンが限られてくるからだ。  盗塁もないし、フォースプレイになるのでスクイズも難しいだろう。  仮にヒットを打たれたとしても、ダブルプレイを取りやすいし、大量失点には繋がりにくい。  それにここで、もしも上手く0点に抑えることができたら、相手チームにはダメージを残し、こちらは一気にムードが盛り上がるはず。  ピンチをチャンスに変えることができるかもしれない。  しかし何と言っても、甲子園出場チームの4番だ。長打が出ないとは限らない。    マウンドに集まっていた野手が守備位置につく。  相手打者は、また豪快な素振りを2回してバッターボックスに入った。  四角い顔に、真っ黒な太い眉毛が印象的だ。 (大丈夫や、いける! 顔は翔太が勝ってる! あんな熊男に負けるわけないやろ)  まったく根拠のない考えが湧いてくる。  ――だから頑張れ! 翔太!  野手は前進守備を敷いているが通常よりもやや深めだ。  ここはヒットによる一点はやむを得ないかもしれないが、タッチアップの一点は防ぎたい。  ファーストはバックホーム体制の守備についている。  一塁ランナーが、大胆なリードを取っているが、満塁の場合は牽制球を投げると、その間に三塁ランナーがホームを目指して走るので、投げることはできない。  翔太がセットポジションの姿勢から一球目を投げた。  外角低めのストレート。  バットが大きく回ったが、ボールはキャッチャーのミットに収まった。 「ストライクっ!」  翼はホッと胸を撫でおろす。  周りにいる人達も、みんな同じように安堵の声を漏らしている。  バッターは打つ気満々の様子に見える。  翼はもちろん、観ている誰もがそうだと思っていた。

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