二球目――。 　翔太の足がステップし、同時に腕がテイクバックして、肘が上がったその時だった。 「あっ！」 　翼は、思わず声を上げる。 　打者がヒッティングの構えからスクイズの構えに切り替えたのだ。 　流れるように体重移動していく投球動作。 　三塁ランナーがスタートを切っている。 「外せ！　翔太ー！」 　翔太の指先からボールが放たれた。 　絶秒なタイミングで、あっという間だった。 『コンッ』という音と共に、バットに当たったボールが三塁側に転がって、またさっきと同じ雨でぬかるんだ所で止まってしまう。 　サードがダッシュで捕球して、バックホームしようとする。 （あ、アホ！　間に合わん！） 「ファースト！」 　翼の言いたいことを代弁するように、キャッチャーの水野の叫び声が響いた。 　三塁ランナーは俊足の一番バッターだ。間に合わない。呆気なく一点が入ってしまっていた。 　歓声と悲鳴が球場内に湧き起こる。 　大胆なリードを取っていた一塁ランナーも二塁ランナーも、既に二塁三塁へ進塁している。 　ホームに身体を向けていたサードが、慌てて一塁へ送球した。 　際どいタイミングだ。 　しかし焦った送球が、ファーストの頭上を大きく越えていってしまった。 　勢いのついたボールが、ファウルグラウンドへ転がっていく。 　その間に、ランナー二人がホームを踏んで、三点目が入ってしまった。 　そして打った熊男も三塁へ。 「え、今、何が起こったん？　点取られたんやんな？」 「最初のん、分からんかったわ」 　前に座っている女生徒の会話が聞こえてくる。 　確かにあっという間で、野球に馴染みのない女生徒には、何が起きたのか分からないくらいだったかもしれない。 　だけど、スコアボードには、はっきりと３対０の文字が表示されていた。 　しかも、未だにノーアウト三塁。 （くそーっ！　あの熊男、４番のくせにセコイ攻め方すんなや！） 　ノーアウト満塁で、４番がまさかスクイズしてくるとは思わなかった。 　ここまで翔太と水野のバッテリーに抑えられている事からの、苦肉の策だったのか。 　それとも、この雨で状態が悪くなったグラウンドを利用した作戦だったのか。 　そう言えば、さっきのセーフティバントの時と同じ所を狙ってきていた。 （じゃあ次も、スクイズでくるんだろうか……） 　次の５番を打つバッターも、４番ほどではないけれど、打率も高く長打の打てるバッターだ。 　だけどこれまでの攻撃を考えると、打つのかスクイズなのか、翼には予想がつかなかった。