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文月(16)

 約一時間の中断の後、試合は8回表相手チームの攻撃から始まった。  追加点を狙う相手チームは、積極的にバットを振ってきて、この回も攻撃の手を緩めない。  しかし時間を置いたことが、気持ちを切り替える良いきっかけになったのか、夢原高校の守備には一分の隙もない。  あわや三遊間を抜けるかと思った速い打球を、ショートが横っ飛びでキャッチ。素早く起き上がって一塁へ送球しアウトを奪うファインプレイも見られた。  もう一点も失うことはできない。  そんな選手達の気持ちが、ひとつひとつのプレイに表れている。  スタンドにもそれが伝わってきて、胸が熱くなる。  人も疎らになってしまった夢原高校の応援団だけど、賑やかな相手チームの応援に負けじと、残ってくれた吹奏楽部の演奏が響いている。  雨も上がり、雲の切れ間からは、時々強い陽射しが顔を覗かせ始めた。  なんとか反撃したい。  あの強豪校から、せめて1点だけでも奪い返したい。  8回、9回の2イニング、一人もランナーを出さず無失点に抑えることができた。  だけど、こちらも8回の裏の攻撃を、またもや3人で終わってしまった。  もう、残すチャンスは、この9回の裏だけ。  この回の打順は2番からだ。  必ず4番の翔太に回ってくる。  翼はバッターボックスがもっと見やすい位置へと移動して、鞄の中からカメラを取り出してセッティングを始めた。  もう、誰かに見られたら恥ずかしいなんて、言ってられない。  翔太に気付かれたって構わない。そう思いながらバッターボックスを見遣る。  翔太の打順がくる前に、なんとしても塁に出てほしいところだ。  しかし、一人目のバッターは、際どいボールはカットして粘っていたが、緩急をつけたメリハリのある配球に揺さぶられ、最後はボール球を打たされて内野ゴロで討ち取られてしまう。 「ああー」  スタンドからは大きな溜め息が漏れた。  夢原高校のダッグアウトから選手たちが身を乗り出して必死に声援を送っている。  「頼む、塁に出てくれ」  祈るような表情で、そう叫ぶ夢原高校の選手に比べ、4点リードしている相手チームの選手は、みんな笑顔だ。勝利を確信している表情だ。  チームメートの声援を背に、打席に入った二人目のバッターは、長打も期待できる3番だ。  しかし、やはり一人目と同じく、相手バッテリーの巧みな配球に揺さぶられ、最後は釣り球を打たされてセンターフライ。  これでツーアウト。  もう後がない。  ――四番、ピッチャー、柏木君。  場内アナウンスが響く。  翔太がネクストバッターズサークルで立ち上がり、いつもと変わらないゆっくりとしたペースで打席に向かう。  

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