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文月(18)
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朝早い時間から、真夏の強い陽射しが降り注ぎ、蝉が煩く鳴き続けている。
坂道の多い街の少し高台にある、戸建て住宅の翼の家からでも、二階の窓から広がる景色は美しく、太陽に照らされてキラキラと光る薄い青の海を遠くに見ることができる。
翼は二階にある自分の部屋の勉強机で、パソコンを起動して、USBメモリーを差し込んだ。
0718と書いてあるフォルダを開ける。そこには、7月18日の地方大会二回戦の時に写した、翔太の写真が保存してある。
7回が終わって一時中断となった、あの雨の試合。
9回裏ツーアウトから、翔太のホームランで1点を返したものの、次のバッターが三振で倒れ、試合は呆気なく終了してしまった。
試合終了後、スタンド前に整列した選手達に、スタンドからは暖かい拍手が送られた。
「雨の中、応援ありがとうございました」
涙を堪えて僅かに詰まった主将の水野の声に続いて、他の選手達もいっせいに声を揃えて挨拶をする。
「ありがとうございました!」
そして同時に、三年生は自動的に引退となる。学校は夏休みに入るが、翔太の短い夏は、あの日あの時に、終わったのだ。
あの日撮った数枚の写真。その写真を見ているだけで、あの日のあの場の、雨上がりの空気や、湿った土の匂いさえも蘇るような気がした。
「でも、やっぱ、これが一番ええかも」
それは、翔太があのホームランを打った最後の打席。ボールがバットにジャストミートしたあの瞬間が、我ながら上手く切り取れたと思う。
(プリントアウトしとこうかな……)
そう思ったその時、
「翼ー。お昼ご飯できたよー」
階下から母の声に呼ばれ、パソコン画面に見入っていた翼の肩がピクっと跳ねた。
「わ、分かった。今行く」
パソコンの電源を落とそうと思ったけれど、チラリと浮かんだプリントアウトの考えに、その手が止まる。
「ま、ええか。誰も部屋にけーへんし」
そう思い直して、翼はそのまま部屋を出て、昼飯を食べにダイニングへ向かった。
*
「また素麺かぁ」
食卓には、二つ上の姉、夏香 が座っていて素麺を食べていた。
「ええでしょ? 二人とも夏休みやからって家でダラダラしとうし、三食作らなあかんこっちの身にもなってよ」
翼の言葉に、母の章子 の口調も少し尖ってしまう。
「ダラダラって……俺、受験生やし。姉貴は暇なんやろ? バイトとか行けばええのに」
翼は、地元の女子大に通っている夏香へ、チラッと横目で恨めしそうな視線を投げた。
「失礼やね。私だってバイトくらいしとうよ。今日は偶々休みなだけ!」
夏香は、翼とそっくりな、大きな瞳を更に大きく見開いて、即座に言い返す。
「へぇ~、そうですかー」
「そうですわ~」
夏香は最後に、べーっと舌を出し、また素麺をツルツルと食べ始めた。
翼と夏香は、よくこんな言い合いはするが、別に仲が悪いわけではなく、どちらかと言うと喧嘩口調を楽しんでいるようなところがある。
「翼も8月からは、予備校始まるし、ちゃんと勉強しときよ」
「わーかーってる」
母親に念押しするように言われて、翼は唇を尖らせた。
その時、玄関のチャイムが鳴って、母がバタバタと出て行った。
8月は、週二回の予備校の他に、学校で申し込んだ特別補講なんかもある。じわじわと締め付けてくるような焦燥感と、面倒くさいという気持ちが入り交じり、翼は気持ちが重くなるのを感じていた。
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