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文月(20)
「うん、まぁな。今日はアイス買 ぉてきたったんや。体育祭の時、約束したやろ?」
そう言って、翔太はコンビニの袋を腰窓に座っている翼の目の前に差し出した。
翼は大きな瞳を更に大きく見開いて翔太へ視線を戻す。
(こいつ、あの時の約束、覚えてたんか……)
「俺、今、飯食ったばっかやのに……」
「アイスくらい食べれるやろ? ほらソーダあるで。 それともクランチがええか?」
翔太が左右に広げた袋の中を覗けば、ソーダと、クランチバーが入っていた。
クランチは翔太が好きで、小さい頃からアイスと言えば、翔太がクランチ、翼がソーダを、いつも決まって食べていた。
「何言 うとぉ。クランチは自分が食べたいくせに」
袋の中に手を突っ込み、ソーダアイスを取り出した翼を見て、翔太は、クスッと小さく笑い、自分もクランチアイスを袋から取り出した。
元々翔太は口数が少ないのだが、アイスを食べ始めると、二人とも何も話さなくなった。
それが普通だった。空気が重苦しいわけでも、何か喋らないとと、思うわけでもなく。
全開にした窓から風が入ってきて、カーテンを揺らしている。夏の匂いがする。会話が途切れた部屋に、相変わらず煩く鳴き続けている蝉の声が流れ込んでくる。
「美味かった」
翔太が、食べ終わったバーをコンビニの袋の中に入れる。
「え? もう食べたん? 相変わらず食うの早いな」
「別に俺が特別に早いってわけじゃなくて翼が遅いんや。ほら、そうやってペロペロ舐めてばっかやから……」
翔太は、いつもクランチアイスを頭からガシガシと齧って食べる。
翼は、ソーダアイスをペロペロ舐めたり、口の中に入れてチュウチュウ吸ったりしながら食べるのが好きで、いつも先の方だけソーダの青色が薄まって、白っぽくなってくる。
だから、翔太の方が食べるのが早いのは当たり前だった。
「だって、こうやって食べた方が美味しいやん」
そう言って、レロレロとアイスを舐める翼の猫ッ毛な髪が、窓から入ってくるの微かな風に揺れている。
「なぁ……」
腰窓に座っている翼の頭の上から、不意に翔太の声が落ちてきて、翼はアイスを口に咥えたまま翔太を見上げた。
「んー?」
「それ、ちょっと、俺にも味見させて」
「んっ?」
アイスを口に咥えたまま、バーを持った方の手首を翔太に掴まれて、引き寄せられる。
「ちょ、なん……」
慌てて口から出したソーダアイスの、色が薄くなった先端に、翔太がガブッと齧り付いた。
サクッ――と、音が鳴る。
一瞬の出来事に、翼は、顔がカーッと熱くなるのを感じた。
「ホンマ、美味い。ちょっと味が薄いけど」
「あ、当たり前やろっ。もう、こんな色が薄なっとんやから」
翼は、咄嗟に顔を背け、サクサクサクと速い音を立てながら、残りのアイスを慌てて齧って食べた。
たとえば、缶ジュースの回し飲みなんて、友達同士なら普通にする。意識する方がおかしいって分かっている。
別に焦る必要はないと、自分に言い聞かせてはみたが、顔が火照っているのが、いっこうに収まらない。
『間接キス』という言葉が、翼の頭の中でグルグルと回っていた。
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