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文月(21)

 一瞬頭を過った言葉に余計に焦ってしまう。 (気を紛らわせなければ……)  そう思って、翼は無理やり笑顔を作り、翔太に提案してみた。 「なんか、ゲームでもする?」 「じゃあ、将棋やろ」 「えー? 翔太、全然弱いやん。て言うか、はさみ将棋も出来へんやん」  祖父が将棋好きで、翼は小さい頃に教えてもらって、時々祖父の相手をしている。  前に翔太が将棋に興味を持って、やってみたいと言うから少し教えてみたが、その時は、あまり理解してもらえなかったような気がする。 「もう一回、教えて? 今やったら出来るかもしれんし」  瞳を覗き込むように、じっと見つめられて、翼はますます顔が熱くなる。 「わ、分かったって! じゃ、じいちゃんに盤と駒、借りてくるから、待ってて」  そう応えるしかなく、部屋を出てバタバタと階段を下りていった。  * 「翔太、香車は後戻りできへんて」  盤を挟んで向かい合い、指し始めたものの、やはり翔太は前に教えたルールを覚えていなかった。 「悪い、でも前にやったのって、小学生の頃やったしな。忘れてしもた」 「翔太は、まずは、駒のそれぞれの性格を覚えなあかんと思う」 「性格?」 「そう、どの駒も王を守るために、与えられた役割があんねん。ゲームのキャラみたいなもんや。そう考えたら簡単やろ?」 「ふーん、なるほど」 「翔太は、頭ええくせに、こういうの苦手やんな」  そう言いながらも、翔太が真面目に将棋をやる気になれば、自分なんかすぐに追い越されるだろうなと、翼は思う。  翔太は子供の頃から頭もいい。学校の成績だっていつも学年トップだ。 (成績優秀でスポーツ万能。その上男前なんて、どれだけ天は翔太に二物も三物も与えてんのや……)  盤とにらめっこする翔太の顔を盗み見ながら、翼はそう思う。 「翼って、将来学校の先生とかになればええと思う」  不意に翔太が、盤を見つめながらボソッと呟くように言った。 「え? 俺が? なんで?」 「なんでって……、将棋教えるの上手いやん」 「何言うとん。将棋教えるのと、勉強教えるのでは、えらい違いや」 「相手が興味持つように、上手いこと教える素質があると思う」  そんなことを言われたのは、初めてだった。 「無理無理、俺みたいなチャラいんが、教師なんて向いてないって」  翼は、手をひらひらさせて、笑いながらそう言った。そんな翼に、翔太は真っすぐな眼差しを送る。 「でも、本当は真面目やってこと、俺は知ってるし……」  そして照れたように、ふいっと視線を逸らした。  翔太に言われた言葉は、嬉しいような……でも、ちょっとこそばゆい。お腹のなかがフワフワするような。 「あはは。なーに言うとぉ」  だから、その時は無理やり冗談にして、その話は終わらせてしまった。    

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