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葉月(6)

「――えー? 何?」  翼は空けていた距離を一歩縮めて訊き返した。  大きな瞳を瞬かせて答えを待つ翼から、翔太は一瞬だけ目線を下へと逸らす。 「俺は……」 「ん?」  だけど、次に顔を上げた時には、その視線はまっすぐに翼の目を見つめていた。 「俺は、この街も翼も好きなんや! だから、離れたくない」  今度は、翼の耳にはっきりと届く。  ――好きなんや。だから……  胸がドキドキと早鐘を打つ。だけど――期待してはいけないのだ。 「……違う……」  翔太の言う好きは、翼の想いとは種類が違う。 「――え?」  今度は、翔太が聞き返した。 「お前、もしかして高校受験の時も、そんな理由で地方の私立校、蹴ったんか?」  翼の問いに何も応えずに、またふいっと視線を逸らした翔太に、カーッと、頭が熱くなってしまった。 「好きとか、言うな! アホ!」  種類の違う『好き』を翔太の口から聞いてしまったことが嫌なのか。それともそんな理由で大事な進路を決めた事に腹が立つのか。  自分でもよく分からない。  胸の奥が、痛い、痛い、痛い。頭の中がぐちゃぐちゃで、何故か腹が立ってしょうがない。 「翔太の好きと、俺の好きは意味が違うんや!」  訳の分からない感情も、勝手に口から出てしまう言葉も、止めることができなかった。  呆気に取られた顔で、翼に視線を戻した翔太の顔へ、両手を伸ばす。  パシャっと、氷の入った袋が地面に落ちた。氷が指から離れた途端、血豆がジンジンと熱く疼く。  構わず、翔太の頬を両手で挟み、その唇に夢中で自分の唇を押し付けた。  その瞬間、また連続で花火の上がる音が辺りに響いて、公園の隅の暗がりに立つ二人を、明るく照らしていた。  数秒間、押し付けただけの唇を離し、翼はパッと後ろに退いて、止められない言葉を言い放つ。 「俺の好きは、こういう好きなんや! 俺は、翔太のこと、こんな風に好きなんや! だからずっと一緒になんかおられへんのや! 離れなあかんのや! 早よ進路決めて、東京でも何処でも行けや!」 「……翼」  一歩、足を踏み出して、何か言いかけた翔太から顔を背け、翼はくるりと踵を返した。 「絶対、受けろよな。セレクション」  そう言って、そのまま後ろを振り返らずに、一目散に走り出す。 (あー、もー、何()うてんのや、俺!)  自分の言った言葉を思い出して、考えれば考えるほど、後悔が胸に押し寄せてくる。  慣れない下駄が走りにくい。指が痛い。頭が痛い。――だけど、胸の奥が一番痛かった。

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