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葉月(7)

 祭りで賑わう人の波に揉まれながら、翼は公園を抜けて大通りに出た。  花火の上がる音は、まだ近い。  一筋違いにあるメインの商店街通りには、山側にある神社まで屋台が並んで賑わっているが、ここなら人も少ないだろうと思っていたのに、予想に反してかなりの人が行き交っている。  少しでも翔太から離れたくて必死に走ったが、慣れない浴衣と下駄ではいつものように速くは走れない。  でもこの道なら、誰にも会わずに駅まで行けるはずだ。  スマホを確認すると、瑛吾からのメッセージが入っていた。  『翼! 今どこ?』  一緒に来た瑛吾や健には悪いが、もう、このまま帰ってしまおうと、翼は駅に向かってまた走り出した。  カタカタ……コトコト……硬いコンクリートの上で下駄が不規則に大きな音を響かせる。  慣れない下駄の鼻緒で指が擦れて痛い。  だけど今は誰にも会いたくない。一秒でも早く家に帰って布団を被って寝てしまいたい気分だった。 「あっ、翼くん?」  その時不意に、聞き覚えのある軽い口調の声に呼ばれ、同時に後ろから誰かの手に肘を強く掴まれて引き止められた。  ――水野だ。  マネージャーの相田も一緒にいる。 「どないしたん? そんなに慌てて」 「な、なんでもない……」  翼は、腕を掴んでいる水野の手を振り払い、覗き込んでくる視線から逃れるように目を横へ逸らした。 (なんでこんな所におるんや……)  今、水野達に会ってしまうのは、一番マズいと翼は焦った。なぜなら翔太が水野に連絡している可能性が高いからだ。  もしかしたら翼と別れた後に、もう既に連絡をしていて、この辺りで待ち合わせをしているのかもしれない。 「なんでもないって事ないやろ? あーぁ、こんなに浴衣乱れてしもて……」  水野の手が胸元に伸びてきて、翼は咄嗟に後ずさった。 「な、なに……」 「何びびっとぉの。襟元直してやろうと思っただけやん」  水野は乱れて緩くなっている翼の浴衣の襟元を整えて、クスリと笑う。 「裾もめちゃ乱れてるやん。あんなに走って、怖い人にでも追いかけられてたんか?」  そう言いながら身を屈め、左右に開いてしまっている下前と上前を綺麗に重ね合わせながら、下から翼を窺うように見上げてくる。 「……別に……なんでもないって……」

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