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葉月(8)

「あの……柏木くんは?」  ばつが悪くて、水野の手から逃れようと一歩後ろへ下がった翼に、側にいた相田がそう訊いてきた。 「そうやん、翔太はどうしたん? 一緒やなかったんか?」  不思議そうに翼を見る相田と水野。 「あぁ……えっと……翔太とは……ちょっとはぐれてしもて……」  翼は答えに困ってしどろもどろになってしまう。  その時、水野のスマホが振動した。 「あ、翔太や。――あー、もしもし翔太? 今どこにおるん?」  水野が後ろを向いて耳にスマホを当てて話し始めると、翼はゆっくりと後ずさりながら相田に向かって、ヒソヒソと小声で話しかけた。。 「ごめん、俺、もう帰るわ。水野にそう言うといて」 「え? でも……」  びっくりして翼と水野を交互に見ている相田に、「ごめん」と手で合図をして踵を返した。  だけど……。 「あー、翔太! こっち! こっち!」  翔太を呼ぶ声に驚いて振り向くと、水野はスマホを耳に当てたまま、手を高く上げて振っている。  翼はつま先立ちで、水野の見ている方向へ視線を巡らせた。  人混みの向こうに、翔太の顔がチラチラと見える。 (や、やば……)  今は翔太に会いたくない。何を話せばいいのか分からない。どうしたら良いのか分からない。  さっき自分が翔太にした言動を思い起こすと、顔がありえないくらいに熱くなる。  やっぱりここは逃げるしかない。そう思い、一歩また一歩と、後ろ向きに歩き始めた。  カタ、カタ、コト……下駄の音がうるさい。水野が気付いてしまうじゃないか。  そう思った瞬間だった。 「何してんの、翼くん」  翼の行動に気付いた水野が、素早く走ってきて、腕を掴まれてしまった。 「後ろ向きに歩いたら、危ないやん」 「いや、あの、俺もう帰るから……」  逃げようとする翼の腕を水野は掴んだまま離さない。ぐいぐいと引っ張り合う形になった。  だけど力では水野には到底適わない。 「もしかして翼くん、翔太に会いたくないん?」  ぐいっと力を入れて引っ張られて距離が近くなり、瞳を覗き込むようにしてそう訊かれると、翼は思わず顔を背けてしまう。 「え……? いや……そんな事はない……けど」 「はぁん……OK、分かった。任しとき」 (……へ?)  何がOKなんや、何が分かったんや? 翼の頭の中がクエッションマークで一杯になった。 「あー、ごめん、由美! なんかな、翼くんが気分悪いみたいやから、僕送ってくるわ。由美は翔太と二人で花火楽しんで!」 「え? だって! 水野くん?」  驚いている相田の顔の数メートル後ろから、翔太がどんどん近づいてくるのが見える。  早くここから逃げたい――だけど水野に掴まれている腕を振り払えない。 「翔太ー! 僕、翼くん送ってくるからー。翔太は由美のことちゃんと送ったってなー」  最後に水野は、近づいてくる翔太に向かって大声で叫んで、翼へと視線を移す。 「ほな、一緒に帰ろか。お姫様」

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