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葉月(11)

「なんで? 翼くんの家って学校の方角ちゃうん? ならこっちから行った方がええんちゃうん?」 「いや、どっちもそんな変わらへん。俺はこっちの道の方が好きやねん!」  水野は「ふぅん」と言いながらも、翼の苦しい言い訳に納得したようだった。  しかし翼を家まで送るという気持ちは全然変わらないらしい。 (こいつ……ホンマに家まで来るつもりなんか……)  当たり前のように肩を並べて歩いている水野をちらりと見上げると、彼は嬉しそうににっこりと微笑み返してくる。  もうこれ以上文句を言う気にもならず、翼は無言で歩いた。  翼達が降りた駅は、高架線になっている為に、歩道橋の階段を使わなくても、通りに出るまで急な坂道を下らないといけない。  結局つま先に体重がかかってしまい、もしかしたら階段を下りるよりも、こちらの方が辛い事に気付く。  しかし、もう今更引き返せない。  翼の家へ帰るには、螺旋階段の歩道橋からのルートだと、街燈も多く、コンビニや店が並んでいるので夜遅い時間でも明るい。  だけど今歩いているのは、住宅街の路地裏。家から漏れる灯り以外は街燈も少なく暗く、車もあまり通らない。 「なんやー、翼くん、こんな暗い道を選ぶなんて、もしかして誘ってる?」 「は? 何()うとぉねん。わけわからん」  水野の言葉の意味は、この時は本当に分からなかった。  そのことを考えるよりも、翼の意識は鼻緒が擦れる指の間に集中している。 「……っ」  暗くて見えないが、たぶん、指の間は皮がめくれて血が滲んでいると思う。  傷口が触れないように、鼻緒から指を後ろにずらして歩いてみたりしたが、急な下り坂ではそれも難しかった。 「翼くん、足痛いんやろ?」 「な、なんで? 別に痛ない……」 「僕の前で、そんな痩せ我慢せんでもええで。ホンマは翔太らと別れる前から痛かったんやろ?」  不意に腕を掴まれて足が止まる。  カタカタ……ゴトトッと、アスファルトの上で下駄の音が派手に響いた。 「な、なんや」 「ちょっと見せてみ? 足」  水野はしゃがみ込んで、スマホの画面ライトで翼の足元を照らす。 「あー、こら酷いな。痛そう……」 「これくらいどうって事ないって……」  本当は痛いけれど、ここで痛いって言っても何も変わらないのだ。家まで我慢して歩くしかない。  翼はそう思って、今までなるべく足元を見ないようにしていた。  そんな翼を、水野はしゃがんだまま、下から見上げてくる。 「あのなぁ。僕、キャッチャーやねんで」 「……知ってる……けど?」  それが今、なんの関係があるんだと、翼は首を傾げた。 「キャッチャーはな、ピッチャーをリードしていく中で、そいつの性格や特徴、その日の調子なんかも考えながら、試合中のピッチャーのちょっとした変化にも気付いてやらなあかんねん」  翼はますます首を傾げた。何故、今そんな話をするのか分からなかった。  水野は、そんな翼から視線を離さずに立ち上がった。  今度は翼の目線よりも高い位置から見下ろしてくる。 「別に恋人でもないピッチャーのことを、そんだけ理解できるポジションについてる僕が、好きな奴の調子が悪いことに気付かんわけないやろ?」

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