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葉月(12)
「ふぅん……キャッチャーって、大変やな……」
水野の言葉は、なんだか妙に説得力があって、翼は思わず頷いてしまった。
だけど……
(いや、ちょっと待て……今、こいつ何て言 うたんや?)
――好きな奴の調子が悪いことに気付かんわけないやろ?
聞き違いか? それとも『好き』の意味を自分で勝手に勘違いでもしたのかと、翼はもう一度水野の言葉を頭の中で繰り返した。
――別に恋人でもないピッチャーのことを、そんだけ理解できるポジションについてる僕が、好きな奴の調子が悪いことに気付かんわけないやろ?
好き――水野は確かにそう言った。
好きって何や? 翼の頭の中で、その言葉がグルグルと回る。
水野は翔太の友達で、同じ野球部でバッテリーを組んでいる。
だけど翼と水野は友達でも何でもない。強いて言うなら、友達の友達だ。ただの顔見知りなだけだ。
喋ったのも今日が初めてなのに、『友達』としての『好き』だってありえない。
混乱してキョトンとしている翼に、水野はいたずらっぽい笑顔を向けた。
たれ目気味の目元が、笑うと人懐っこさを感じさせる。
柔らかい表情は、翔太とは違うタイプのイケメンだと思う。
水野の第一印象は、『軽薄』『お調子者』。そんなところだった。
だけど野球部主将として、強烈なリーダーシップでチームを引っ張っていた今年の水野は、今までの印象とは少し違っていた。
これまでとは違う、そういう一面と、元々明るい性格で、場を盛り上げるムードメーカー的存在だから、後輩にも慕われているらしい。
「僕、絆創膏持ってるで。あそこの公園のベンチまで歩ける?」
水野が指をさしたのは、ジャングルジムとブランコと砂場がある、小さな児童公園だった。
言われるままに水道で傷口を洗い流し、ベンチに座ると、水野はしゃがんで、水で濡れた翼の足をハンカチで拭き始めた。
「ちょっ、何しとぉ?! ハンカチが汚れるで!」
「何って、水滴付いたままやと、絆創膏貼れんやろ? それにハンカチは汚れるもんや。気にせんでええよ」
咄嗟に引こうとした翼の足を、水野がしっかりと掴んで離さない。
「それに、このハンカチ、もう洗わん。密封袋に入れて大切に保管しとくわ」
そう言って水野は、翼を見上げてニヤリと口角を上げた。
「な、な、何言うとぉ! きしょい わ、それ!」
焦っている翼を見て、水野は可笑しそうに声を上げて笑った。
「あはは、ホンマおもろいな、翼くん弄るの」
「ちょ……なんや、冗談なん? やめてくれる? 俺で遊ぶの」
「ごめん、ごめん……あ、ちょっとスマホで足を照らしといてくれる? 絆創膏貼ったるわ」
水野からスマホを受け取りながら、翼は、ふと思う。
「いや、俺、自分で貼るから! スマホは水野が照らしてーな」
だけど水野は、翼の手にスマホを押し付けた。
「あかん。絶対僕の方が上手く貼れるから。なんたって、キャッチャーやからな」
「ぶっ、……それ、関係ないやん……」
思わず吹き出してしまった翼を見て、水野はにっこりと笑いかけた。
「翼くん、やっと笑 ろたな」
「……え?」
不思議そうに訊き返した翼に、水野は片目を瞑って軽くウィンクをしながら、絆創膏の袋を開けた。
ピッと、小さな音が立つ。
「今のは冗談やけど……さっき言 うた、翼くんが好きっていうのは、本気やで」
翼の指の間に、絆創膏を器用に貼り付けながら、水野は小さく呟くようにそう言った。
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